RHCP『Can’t Stop』個人的に意訳しました。
- Keiori Takagi

- 7月1日
- 読了時間: 9分
更新日:7月6日
ブログの他の記事に、1つのレッチリの『Can’t Stop』ブロックごとに分けて、歌詞の捉え方や解釈をまとめていたんですが、結局のところ、歌詞そのものを直訳するのでは分かりづらいし、意味合いをまとめたものを作っておこうと思い立ちました。
なので日本語歌詞和訳、ではなく、ブログ主が意味を要約した『意訳』になりますが、振り返って読み返したくなるかなと思い、UPします。
『Can’t Stop』
止まれない。騒ぎと創造の渦に取り憑かれてる。
変人のChop Topが「お前はでかくなる」と囁いてくる。
誰かの真似じゃなく、自分の人生を選べ。
ルーツを忘れず、周縁から世界を見つめている。
壊れた社会の暴力に、なぜか俺たちは代償を払わされている。
でも、このどうしようもない世界に留まり続ける感情がある。
時間をかけて、本気で君の味方になりたい。
東の愛が西で息づく__文化は混ざり合って生きていく。
打ちのめされても立ち上がれ。まだ終わりじゃない。
死ぬなよ。ほら、ホンマに誰かするやん?
自分の言葉を、この世界に刻みつけろ。
眩しいほどの光__その“波”が何を示すのか知りたい。
密林の熱気が叫び声みたいに響いてる。
つまずいても動きを完遂させよう。
答えは荒野の砂の中にある。
祝祭のパワーと一緒に、もっと強くなって帰ってこい。
愛してる世界に、涙を落とす。
この“波”の一部になるために、止まれない。
これ全部、君のためなのかって、ふと思う時がある。
愛する世界へ、列車に飛び乗る。
その時が来たら、教えてほしい。
甘いはずの世界で、誰かが傷ついている。
賢い彼女は、俺を混じりけの無い高みへ導く。
音楽は、すべてを繋ぐ偉大な伝達ツールだ。
大自然の中で、2本のスティックを使って原始の力を呼び起こせ。
君の心の奥まで貫いて届きたい。
この世代の揺れるジェンダーを抱えて。
新しい文化が次々と生まれていく。
生身の君がゾーンに入った時、純金以上の価値がある。
この章はもうすぐ終わりに近づいてる。
君が煙の輪を吹く姿が目に浮かぶ。
みんな宇宙船の中で必死に耐えている。
操縦以外は全部任せてくれ。
創造のスピリットが君を求めたら、もう止められない。
60年代の文化が君を刺激すると、世界が喜ぶ。
変化をもたらす覚悟を決めた人が高みから見守っている。
鳥たちがビーバップに命を吹き込む。
愛してる世界に、涙を落とす。
この“波”の一部になるために、止まれない。
これ全部、君のためなのかって、ふと思う時がある。
愛する世界へ、列車に飛び乗る。
その時が来たら、教えてほしい。
ちょっと待って、気が遠くなりそう。
勝っても負けても、結局は君と同じだ。
今までのどんな経験よりも衝撃的。
君はどう感じてる?
君みたいな誰かを求める理由が、まだ山ほどある。
どんな過去の出来事よりもショックなほどに。
まるで予定通りに。
止まれない。騒ぎと創造の渦に取り憑かれてる。
変人のChop Topが「お前はでかくなる」と囁いてくる。
誰かの真似じゃなく、自分の人生を選べ。
ルーツを忘れず、周縁から世界を見つめている。
壊れた社会の暴力に、なぜか俺たちは代償を払わされている。
でも、このどうしようもない世界に留まり続ける感情がある。
時間をかけて、本気で君の味方になりたい。
東の愛が西で息づく__文化は混ざり合って生きていく。
打ちのめされても立ち上がれ。まだ終わりじゃない。
死ぬなよ。ほら、ホンマに誰かするやん?
自分の言葉を、この世界に刻みつけろ。
眩しいほどの光__その“波”が何を示すのか知りたい。
黄金の創造エンジンを始動させろ。
優しく話して、彼女を怯えさせるな。
神々しい創造の連鎖は止められない。
邪魔立てする必要なんてないってこと。
辞書に載るような“君”のイメージはステキ。
この人生がありきたりなものになるわけがないって。
2つ、いや3つくらい、こういうの貰えないかな。
宇宙から、プレアデスの知恵を教えに来たんだ。
止められないんだ、
なにかを表現したい"スピリット”が君を求めるとき。
人生は、誰かが書いた台本を
ただ「読み合わせる」だけのもの、ではないんだ。
こんな感じになりました。
いくつか意味の取り方、解釈の仕方が分かれるところがありましたが、私が捉えたように訳しました。なにかを表現したいスピリットに必要とされたとき、寝る間を削って没頭して掘り下げてしまったり、気になって気になって他のことが手につかなくなることがあります。そういうときって、自分が生きてるなぁと感じる瞬間でもあります。どんなくだらないことであったとしても。 今に生きる、今にフォーカスして必死でやっていると、結局出来上がったものに興味が失せてしまってまた次のことに取り組んでいたり。人間の”サガ(性)”なんでしょうね。私にも、この『Can’t Stop』なことがあります。地位や名声、名誉、お金を儲けるためとは違って、なんにもならんでも自分で勝手に掘り下げてしまうことが止められません。私は、人の幸せってそんな瞬間にあるんじゃないかと思っています。
それは誰かにやってねと半ば強制されてやることではなく、取っ掛かりとしては誰かに言われて取り組んでみたとしても結果として超・真剣に、あるいはバカになってやり切ってしまうことかもしれない。自分の意思で、心から熱中できることあるならば。ただ、例外は、それが誰かのシナリオでなければいい。例えば資本主義のレールに乗せられて、とりあえずこんな感じかなと優等生的に勝ち組を目指すようなことではないだろうし、
どんぐりの背比べ的に、自分のほうがすごいぞとマウント合戦したり、誰かを打ち負かしたいからという理由でそういうことが止められないということは、この歌詞の世界では書かれていなくて、どちらかというと自分が自分のために、あるいは自分たちが自分たちのために良かれと思って始めていたことが、結果として誰かを喜ばせることに繋がっているということなんだと思いました。
これってそもそも誰が得するん?って怪しいことはちゃんと見極めて、自分で考えるクセ、前提から疑う考え方を持っていないと、みんなもやっているからと、みんなと同じようなものが欲しくて頑張ったり、全てを手に入れたあとで、「自分は、本当にこんなものが欲しかったんだろうか」と虚無感に襲われてしまうようでは、なんだかもったいない。よく考えて行動しないと、「自分なんか大嫌い」という生き方を背負わされたりすることもあります。
理論や理屈はバッチリでも、誰かのハートに全然届かない行いというのは、なんというか世界に片思いしすぎて切ないので、出来るだけ現時点の自分のまま、どんどんいろんな経験を積み重ねて、考えに考え悩みに悩みぬいて、その瞬間の衝動をぶつけるような、人間の根底に触れている活動を自分は選びがちです。言葉だけ整っていても、どこか機械的な印象を受ける人とは、私は不思議と深く繋がれません。
そんな人を見ると、「器用な人だな」ではなく、むしろ「不器用な人なんだな」と思ってしまうのです。あちらはこちらを、自分たちのように出来ないから全然ダメ、だと思っているでしょうが、生まれつき努力を努力とも思わず比較的苦も無くやり遂げるスペックを持っている人や、努力しないことと努力できないを混同してあいつらはダメと見下して生きている人より、日々自分に向き合って、間違っても蔑まれても闘っているほうが人間らしい。
人間味があるほうがええなといっても、極度にアルコールを欲しがったり薬に頼りきったり、生きていくことの痛みから逃れるためになにかを過度に消費して寿命を縮めるくらい依存をすることを止められないという話でもないです。タバコもアルコールも合法ですがほどほどに。テレビゲームばかりしているうちに、あるいは推しのアイドルを追いかけるうちに結構年食っちゃったというのも、本人が納得しているんなら全然ありだけど、
出来ることならそのゲーム自体を自分で創り出してしまうような方面へ踏み出したり、なんでそんなに推しに心奪われるのかを自分なりに分析して、推しを消費したり、推し中心というよりは、自分の暮らしをもっと主体的に充実させる方向であれば、推しのいる暮らしが良いエッセンスになって、自分自身の生活もハッピーになるのではと、そうであればいいなぁ、そういうことに価値があるんじゃないかなと思うのです。
左利きの私からすると、大人になる前から、世の中は私とは違うルールが当たり前のように存在して、なにも疑うことなくそれでやっているのだなと、当たり前のように合わせる形で工夫するわけなんですが、たまに極端な方向に偏っているなぁと思うと乗っかり切れないこともあるし、立ち止まってしまうのです。自動的に。レッチリの人たちも、世の中の大半の人が疑問なく歩むところを歩めない、なんとなくそこに居場所がないような気がしていたのかも。
少数派でもいいから、自分に正直に生きてみようや。そして、良く周りを見渡せば自分と同じようになんか生きづらい人や似たような人が実は他にも居てるかもしれんから、ちゃんとそういう人と繋がって、自分たちらしくやれるだけのことをやっていこうや。周りの意見に納得しないまま流されて、湧き上がる衝動を止めたりすることなく、そこらへんは自分ルールでいいからちゃんとやっていこうや、ということなのかもしれません。
「Can't Stop」は、なにかを勝ち取って成功するための歌ではないんです。どちらかといえばアウトサイダーなところのある人からの、自分の中から湧き上がる衝動を止めずに生きる人たちへの、応援歌なのだと思います。
「止められない」のは、欲望ではなく、自らの手でなにかを1から創り上げる喜び。
だからこの曲は、一度好きになった人が何度でも帰ってきてしまう曲なのかもしれません。
この、『Can't Stop』を自分たちのバンド『FUMIE』で演奏するきっかけになったのは、今年の5月25日。ドラマーのまっささんから「この曲どう?」と声を掛けてもらったことでした。なにもなければ、何度か聴いたことのある曲よねって印象くらいしかなかったのですが、
ちょうどその少し前の4月頃、外国人ミュージシャンばかりが集まるセッションで、チベット出身の若い女の子がこの曲をリクエストして歌っていたのを聴いて、「ええや~ん」と心を掴まれたのを覚えています。歌詞をライム通りに歌い切るのに苦労してはったけど、自分も歌詞を訳したり、取り組んでみようかなと思っていたところだったので、なんだかご縁を感じちゃって。タイムリーだなぁと思ったのです。
そこから歌詞を読み込み、背景を調べ、何度も考え続けていくうちに、この曲は「勢いだけのロック」ではなく、「自分らしく生きるとは何か」を問いかける、とても深い作品なのだと感じるようになっていきました。 他の歌い手さんが、特に普段から英語を喋る機会がない方が、「言葉数の多い歌じゃなくて、繰り返しになっているほうがいい」という雑談をたまにすることがあり、気持ちは分かるなぁと共感しながらも、真逆なスタイルの作品をやってみるわけですが、言葉数の少ないジャズやブルースのスタンダード、特にバラードを歌うというのは誤魔化しが効かないむずかしさがあります。かえって、こういうラップスタイルというのも、それはそれで楽しく、そしてまた別のむずかしさもありますが、トライしてみるのも良いものです。
気がつけば、私もこの曲に何度も帰ることになる1ヶ月でした。
個人的にはまだ新しい、でも思い出深い作品です。


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