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私なりの、『自由に歌う』までの道のり
地道に歌っていると、 「自由に歌っていますね!」と言われることもあります。 でも実際には逆なのかもしれません。 「もっと心のままに、自由に歌ったらいいのに」 と言われることもあります(^-^; それも1つの考え方です。 でも、最初から 「自分らしく歌おう」とはしない曲があります。 誰かが歌っているときに、私が最初に耳を澄ませるのは、 上手い下手ではなく、 その人が自分に課しているルールなんです。 ”美学”とか”哲学”、”品”のようなものが、 耳や目を伝ってドワーッと流れ込んでくる感覚。 何を守り、何を崩し、どこで自由になっているの? で、どこでは決して譲らないのか。 こういう聴き方をしてしまうのは、おそらく、 私が元々、VOCAL JAZZの概念の人だからなんでしょう(笑)。 私自身についても、 その辺りが曖昧なうちは「歌えた」とはならないのです。 でもこれって、歌や音楽以外のことでも言えてるんじゃないでしょうか。 私は勝手にこれを、タカギ式『守破離』などと呼んでいます(笑)。 まずは約束事があると感じたなら、徹底的に観察する。 そしてミミック

Keiori Takagi
7月7日読了時間: 10分


私は、人と何かが生まれる場を作りたい。
私は昔から、不思議に思うことがあります。 まだまだピアノやソルフェージュ、声楽を習いたての幼少期から、 50手前になっても。 「もっと前へ出ればいいのに。」 「それだけ出来るのだから、戦わないともったいない。」 「リングに上がれ。」 ありがたいことに、そんな言葉を掛けてもらうことがあります。 でも、そのたびに思うのです。 そのリング、誰が作ったんだろう。 周りの大人と、あんまり本音で喋っていなかったんじゃないだろうかと振り返る子供時代。 1人の時間に楽しんでいたのは本を読むことやテレビを観て外の世界を知ることでした。 大映ドラマにドリフ、生放送の歌番組。アニメや映画の金曜ロードショー。 教育熱心な母に、増えていく習い事。宿題もやって、、、 その合間にいろいろ夢中で観ることが許されたのがテレビ番組。私は、 『裸の大将』というテレビシリーズが大好きでした。 これは、だいぶん後期の放送。1996年やと私が高校3年生。このころの裸の大将を見るたびに、うちの父と顔つきや体つきが似ているなぁと思う。 1番好きだった場面は、毎回ほとんど同じなんです。...

Keiori Takagi
7月3日読了時間: 10分
地域のイベントでの選曲基準
なんで、その曲選んだんですか?って分からないものだと思う。 いつも360度丸く収まればいい中にも基準があって。 そのグッドバランスを見つけるのに2カ月ほどかかります。 その年の10月初旬までのドラマや映画の主題歌でお店のBGMなどで流れていたもの、紅白の候補になりそうな中か...

Keiori Takagi
2025年1月15日読了時間: 2分
誰かに勝たなくても、自分の仕事が成立しているということ④
第四部 隣の人を小さくするより、 自分が大きくなりなはれ 第三部では、奈良市議会をかなり雑に(笑)、 「39人兄弟の大家族」 に例えてみました。 桃栗さんとニューカマー氏。 二人の間で何があったのかは、もちろん大事です。 問題があれば調べればいい。 間違ったことをしたなら、批判されることもあるでしょう。 でも、奈良市議会には39人もいる。 そして、その39人のさらに向こう側には、市民の暮らしがあります。 だったら、いつまでも隣の人ばっかり見てんと、 もっと先を見たらええやん。 そんなところまで書きました。 そして、ここまで書いてきて、 最初の方に書いたことを思い出します。 向こうから来た人と、こちらから見に行った人 第一部で少し触れましたが、 桃栗さんとは、Facebookで長いこと繋がっています。 どちらから申請したのか、今となってはもう記憶が曖昧です。 ただ、まだ実際にお会いしたこともない私のところへ、政治家としての発信が自然と届くようになり、 私は長い間、 お子さんのことや、 日々のご飯のことや、 政治とは直接関係のない投稿も含めて見て

Keiori Takagi
4 日前読了時間: 13分
誰かに勝たなくても、自分の仕事が成立しているということ③
第三部 39人兄弟の大家族 第二部では、いろんな人間関係をつい一枚の盤の上で考えてしまいがちだけれど、 「そもそも同じ盤に乗っているとは限らない」 という話を書きました。 歌の世界でも、人間関係でも、仕事でも。 誰かがこちらを勝手にライバルだと思っていても、 こちらまで同じリングに上がる必要はない。 しかも現実はオセロみたいに64マスしかない世界ではなくて、盤そのものを増やすこともできる。 となると、誰かが目立ったからといって、 自分の価値が減るわけではない。 ここまで書いたところで、私の頭はまた奈良市議会の二人に戻ってきます。 ふと思ったんですが、 いやいや。 そもそも、二人だけちゃうやん。 奈良市議会には、39人の議員がいます。 ということは、 桃栗さんとニューカマー氏の二人だけを見ていたら、あと37人いるわけです。 39人兄弟の大家族みたいなものかもしれない ものすごく雑~な比喩になりますが、 私は奈良市議会を見ていると、ときどき 39人兄弟の大家族 みたいに見えてきます。 昔から家のルールをよく知っている兄姉がいる。 その中でも、きっち

Keiori Takagi
4 日前読了時間: 8分
誰かに勝たなくても、自分の仕事が成立しているということ②
第二部 その勝負、相手もエントリーしてます? 第一部では、ある二人の政治家を眺めながら、 「なんで、人はそんなに特定の誰かを見続けるようになるんやろう」 というところまで書きました。 ここから、いったん政治の話を離れます。 なぜなら、これに似たことを私は、 もっと身近なところで何度も見てきたからです。 仕事でも、人間関係でも。 そして何より、奈良に引っ越してから長く関わってきた音楽の世界で。 そもそも、何を目的に歌っているんやろう 歌い手同士というのは、外から見れば分かりやすく比較されます。 どちらが上手い? どちらが声が出る? どちらがお客さんを呼べる? 誰が有名? 誰がライブの本数が多い? 名のあるお店に出ている? どんなミュージシャンに好かれている? Youtube動画の視聴回数、 話題振りまき度。 比較しようと思えば、いくらでも比較できます。 私だって、 嗚呼、あんな声を持って生まれることが出来たら、 私だったらこうするのになあ。 と妄想してしまう瞬間もあるし、 例えばマライア・キャリーやホイットニー・ヒューストン先生みたいな、圧倒的

Keiori Takagi
4 日前読了時間: 11分
誰かに勝たなくても、自分の仕事が成立しているということ①
第一部 人は、なんでそんなに誰かを見続けるんやろう 読み進めていくうちに、 「ところで、この人はどういう立場でこんなこと書いてるん?」 となるかもしれないので、先にお伝えしておくと…… 私は現在、奈良市民ではありません。 元々は東大阪市民。 二十歳前後には、八尾市の友人宅に4年ほど居候していた時期もありました。 その後、20年ほど前に奈良市へ移り住み、4年ほど前からは生駒郡の人です。 なので、 「お前、そもそも奈良市議選の有権者ちゃうやん」 と言われれば、そうですね(笑)。 関係ないといえば、関係ない。 ただ、20年近く暮らした町です。 今も奈良市では歌うし、人に会うし、ご飯も食べるし、お酒も飲む。音楽活動を通じて知り合った人もたくさんいるし、市議会議員さんにも何人か知り合いがいます。 だから完全な「よその町」としても、なかなか見られない。 そんな、元奈良市民・現生駒郡の人、半歩外側から、最近の奈良市議会を眺めています。 二人の議員さん 最近、ある二人の市議会議員のやり取りが、どうにも気になっています。 一人は、長く市議を務めてきたベテラン

Keiori Takagi
4 日前読了時間: 11分
自分の中にある、共和国憲法草案
――自分の中の誰か一人に、独裁させないために 私の中には、たぶん何人かいる。 ……と書くと、ちょっと物騒な始まりですが(笑)。 多重人格という意味ではありません。 JAZZを歌っている私。 FUNKやR&B、SOULを歌っている私。 人前で司会をしている私。 誰かの話を聞いている私。 世話を焼いている私。 腹を立てている私。 急にものすごく冷静になる私。 「もう知らんがな」と言っている私もいる。 どれも私です。 以前、私はこれを「板チョコ」に例えたことがあります。 板チョコには最初から割れ目があって、 一片一片を分けることができる。 でも銀紙を開けるまでは、 一枚のチョコレートとして包まれている。 私の中のいろんな自分も、そんな感じです。 ところが最近、 もう一つ別の比喩を思いつきました。 私の中には、小さな共和国がある。 人格ではなく、いくつもの「政党」がある 私という人間は、いつも同じことを考えているわけではありません。 むしろ、かなり矛盾しています。 「この人を助けたい」と思う私がいる。 その横には、 「いやいや、それは本人が

Keiori Takagi
5 日前読了時間: 12分


圧倒しない強さ — Remembering Dolly Parton
Dolly Partonが亡くなった。 訃報を知ってから、いろんな人の追悼文を読んでいます。 アメリカ人の知り合いで、ゴリゴリのロックバンドをやっている人まで彼女を振り返っていました。 「俺たちは別にカントリーが好きなわけじゃない。 でも、彼女のように自分から人を助け、 たくさんの人の人生を変えたアーティストには敬意を払う」 そして最後に、 “We don't care what music you're into. Damn she could sing.” どんな音楽が好きだろうが関係ない。あの人は、本当に歌えた。 うん。私もそう思います。 私はアメリカの人ではないし、カントリーは留学中によく流れていたなぁくらいの認識はあってもよく知らない。でも、Dolly Partonという人をとてもリスペクトしています。 まだまだ若い頃、初めてDollyの「I Will Always Love You」を聴いた時には、正直、 「いや、ホイットニーのほうが凄いやん」 と思いました。 Whitney Houstonの「I Will Always Love Y

Keiori Takagi
8月28日読了時間: 10分


名前は、誰のためにあるんだろう
――人の名前から、ユニット名まで考えてみた 名前について、最近よく考えます。 人の名前。芸名。バンド名。ユニット名。 私は昔から、名前そのものにものすごく執着するタイプではありません。 でも、どうでもいいとも思っていない。 だって私もその名前を名乗ることになるからです。 子ども同士で、何かのチームを作る時に考え出された名前と、知識も教養もそれなりにある大人が集まる団体名だと、選ばれる言葉も全然違ってきます。 「名は体を表す」と言いますが、名前というものには、その人が何を大切にしているのか、何を格好いいと思うのか、他人からどう見られたいのか――そんなものが、案外そのまま出るものだと思っています。 そして時には、 その人が他者をどう見ているかまで出る。 最近、そんなことを改めて考える機会がありました。 「福子」という名前が嫌だった友達 中学3年生の頃、「福子」という友達がいました。 彼女は、自分の名前が嫌いでした。 「子」がつく名前の中でもダサい、と本人は思っていたようで、普段はもっぱら苗字由来のあだ名で呼ばれていました。 でも私から見れば、彼女は十

Keiori Takagi
8月21日読了時間: 22分
声という楽器―研究ノート Vol.1『Fuel』③
③ Metallica『Fuel』──女性ボーカルの身体へ移植する 前回までで、下処理の概要について、大抵まとめました。 James Hetfieldが『Fuel』の中で何をしているのか。 声を聴き、身体を見て、何がこの曲の推進力を生んでいるのかを、私なりに分解して。 ここからはひとつ、大前提があります。 私は、James Hetfieldの身体は持っていない。 性別も違えば、骨格も違う。 声帯の長さや厚みも、声道も、共鳴の仕方も違う。 持って生まれた声の重量も違う。 ましてや、Jamesが長い年月をかけて作ってきた身体の使い方や、 Metallicaというバンドの中で培ってきた経験まで、 同じものを持っているはずがない。 ここから先で私が考えるのは、 「どうすればJamesと同じ音が出るか」ではなく、 「Jamesがこの曲で担っている仕事を、 私の身体なら何を使って引き受けられるか」、となります。 低音の重量が足りないなら、何で補うか。 声帯そのものの厚みが違うなら、どこに圧力ポイントを設けるか。 前へ前へと進む推進力を、女性の身体でどう再現す

Keiori Takagi
8月3日読了時間: 25分
声という楽器―研究ノート Vol.1『Fuel』②
② Metallica『Fuel』──身体へ翻訳するということ 前回の記事では、私が曲を覚えるというより「身体へ翻訳している」という感覚について書きました。 そして、「模倣すること」と「自分の声で歌うこと」についても。 今回は、それを実際の一曲に当てはめてみます。 題材に選んだのは、Metallicaの『Fuel』。 普段JAZZを本拠地としている私が、なぜあえてこの曲なのか。 理由はいたってシンプル。 自分から一番遠い場所にある曲ほど、 自分が何を考えて歌っているのかを言葉にしやすいからです。 普段歌っているJAZZやボサノバは、もう身体の中に入り込みすぎていて。 呼吸も、音色も、間の取り方も、半ば反射神経で処理している。 だから説明しようとすると、 「なんとなく。」 になってしまうことが多い。 ところが、『Fuel』という作品とのお付き合いはほんの最近で。 この曲を歌おうと思った瞬間、 「どうすれば女性の身体で、この推進力を出せるのか。」 というところから考え始めることになりました。 怒鳴ればいいわけではない。 声を太くすればいいわけでも

Keiori Takagi
8月1日読了時間: 40分
声という楽器―研究ノート Vol.1『Fuel』①
① 作品を身体へ翻訳する 「どうして、そんなに早く曲を覚えられるんですか?」 そう聞かれることがあります。 「新しい曲を覚えるのが早いですね。」 「レパートリーがすごく多いですね。」 そんな言葉を掛けてもらうことも増えました。 11年前、JAZZ SESSIONに誘われるようになってから最初の3年間は、とにかく歌いたい曲のKEYを決めて移調譜を作り続けました。 一年ほど経つと、「沢山歌えるんですね」と言われるようになり、 二年ほどすると、A4クリアファイル二冊がパンパンになるほど譜面を持ち歩くようになって、 「えっ!?それ全部歌えるんですか?」 と驚かれるようになりました。 あるボーカルさんは、先生に二年間習っていて、「一年に二曲を課題曲として仕上げ、発表会で歌う」と話していました。 その話を聞いて、 「レッスンって、そんなに慎重に進むものなんだ。」 と思う反面、 「それでは私には間に合わない。」 「英語の発音や意味、譜面の読み方などは自分で何とかなる。」 とも感じました。 だから私は、現場で学ぶという方法を基本的に取り続けています。...

Keiori Takagi
8月1日読了時間: 11分
個性はどこから生まれるのか
― 声という楽器の終わらない旅 ― ■ はじめに 声という楽器は、いつだって「誰かの真似」から始まる。 憧れたシンガーの息づかい。 言葉の語尾の置き方。 独特のイントネーションやクセ。 気づけば、それら全部が身体に染み込み、自分の血肉になっている。 赤ちゃんが身近な大人の言葉を聞き覚え、そのまま真似して喋り始めるように、歌い手もまた、誰かの声を体に通しながら育っていく。 私の声も、私ひとりだけで作り上げたものではない。 これまで出会ってきた人たち。 耳を奪われた憧れの声。 面白がって真似したクセ。 そんな無数の欠片が混ざり合った果てに、今の私の響きがある。 ◆ 声という楽器は「真似」から始まる ― 赤ちゃんが言葉を覚えるように ― 歌い手として第一歩を踏み出すとき、人はみんな誰かの模倣からスタートする。 息をどう吐き、どう抜いているか 言葉をどのスピードで滑らせているか 拍のどこに乗っかり、どこでタメを作るか どんな声の引っ張り方(クセ)をしているか 「いいな」と思った誰かの技術やニュアンスを真似し、自分の身体に取り入れ、試行錯誤しながら応用して

Keiori Takagi
7月24日読了時間: 7分
感性と科学の狭間で歌うということ
■はじめに 人間は、先に言葉を完成させ、そこへ音程やリズムを加えて歌を作ったのでしょうか。 歌や声についての本を図書館で読んでいたときに、私なりに突き合わせてみたんですが、いろんな説があるそうで。 私は歌やリズムが先で、段々言葉になっていったんじゃないかと思っています。。 赤ちゃんを見ていてもそう思います。音の高低で遊んだり、「あー」「うー」「ばぶばぶ」「まんま」「だーだー」のような掛け声の長さ、リズム、抑揚で大人とやり取りします。 おそらく人間は、歌と言葉がまだ分かれていなかった頃から、声の高低や強弱、息の速さ、繰り返しや間を使って、互いの感情や意図を伝えてきたのでしょう。 それは今の基準で見れば、会話でもあり、歌でもあり、叫びでもあり、祈りでもあった。 まず意味の整った言葉があり、あとから歌が生まれたのではなく、意味と感情とリズムが溶け合った声の営みから、やがて「話すこと」と「歌うこと」が枝分かれしていったのかもしれません。 そう考えると、歌は言葉に飾りをつけたものではありません。 言葉よりも古いとは断定できなくても、少なくとも、言葉と同じ根

Keiori Takagi
7月24日読了時間: 20分
私の歌は、どこから来たのか
――声の模倣、音楽の土台、そして「秘すれば花」 歌い手は、マイクの前に立っている数分間だけを見て判断されがちです。 なんとなく歌っている。 感覚だけで歌っている。 理論は知らない。 譜面は読めない。 若い頃から人前に立って、勢いのままに歌ってきたのだろう。 けれど、歌っている本人にとっては、目の前の一曲だけが歌なのではありません。 子どもの頃に聞いた音。 怖かった先生。 遊びの中で真似した声。 誰かの口ぐせ。 演劇で身についた身体感覚。 言葉にならない違和感。 何十年も観察してきた人間の顔や仕草。 そうしたものが、いつの間にか声の底に沈み、表からは見えない土台になっています。 今回は、私の歌がどこから来たのかを書いてみようと思います。 これは経歴を説明するための文章ではありません。 今、自分が歌うとき、何をしているのか。 なぜ、よく知らない人から歌い方を決められることを嫌うのか。 なぜ、技術をすべて言葉にしようとすると、歌の本質から離れていくように感じるのか。 その源流を、できるだけ正直に辿るための文章です。 ◆遠い過去に培った“土台” ――子ど

Keiori Takagi
7月24日読了時間: 20分
歌い手は、なんとなく歌っているだけなのか
――歌についての誤解と偏見 今回は、いつもの語り口調ではなく、です・ます調で綴ってみようと思います。 そのほうが、少し距離を置いて、歌い手という存在を取り巻くものを眺められる気がするからです。 もっとも、書こうとしている内容は、ずいぶん私自身の肉迫に近いものです。 冷静な文章を装いながら、ところどころで関西弁が顔を出すかもしれません。 それも含めて、今の私の声なのだと思います。 ■はじめに 「歌い手」という役割は、時に残酷なまでに“見たまんま”で判断されます。 良くも悪くもステレオタイプなイメージを押し付けられ、外からは「言われ放題」。 声という生身の楽器だけを持って、マイクを握って立つだけで、ある種の“業”を背負わされる場所でもあります。 誰かの欲望や勝手な幻想、偏見までをも、体ひとつで引き受けてしまうからです。 けれど見方を変えれば、ボーカルとは、これ以上なく生々しく「人間というもの」に向き合う、極上のケーススタディ、つまり観察の現場でもあります。 何を見ているか。 何を聞いているか。 どんな人を好み、どんな人を怖がり、どんな人を自分より下だ

Keiori Takagi
7月23日読了時間: 13分


私の歌の本籍地について
気がつけば、私の歌の“本籍地”はJAZZになっていました。 日本で生まれて、日本語で育って、日本の生活圏で生きてきたはずなのに、 心の奥ではずっと別の国の風が吹いていた気がします。 子どもの頃、意味も分からないまま海外のドキュメンタリーに心を奪われて、 「なるほどザ・ワールド」に胸を躍らせて、 1989年、小学5~6年生の頃だとしたら、学校帰って「4時ですよ~だ!」を観ながら、カトちゃんケンちゃんごきげんテレビを観てたけど志村けんの「だいじょうぶだぁ」が好きで、さんまさんとたけしさんは好きだけど他は内輪ネタばかりの「オレたちひょうきん族」はそこまでハマらなくて...という時代。音楽は小学4年まではアイドルや昭和歌謡の番組をチェックしていたけど5年だとユーミンの「リフレインが叫んでいる」が入っているアルバムや美空ひばりさんのベストをカセットテープで聴きつつ、FM802を聴いて洋楽の日本語カバーや久保田利伸、バンドブームに移行していく頃。昭和から平成の変換の時期だったかもしれない。 ナイル川の青さに呼ばれるように、音楽のルーツを辿りたくなっていきま

Keiori Takagi
7月21日読了時間: 11分


6月28日大将バンドLIVE@難波屋さん
6月28日は、スリリングでした。 2つの台風が通り過ぎた日。 前日はJR大和路線が止まり、当日の朝も交通状況を心配していましたが、無事に電車で難波屋さんへ到着。 お昼は大将バンドでゴスペル。終わったらなるべく早く大阪を離れ、快速に乗って奈良へ戻り、夜はロックを歌う。 同じ「歌」でも、求められるものはまるで違いました。良い勉強です。 もともと昼が決まっていたところへ、夜のお話をいただいて、時間的には何とか両立できそうだ…となり、両バンドともお忙しい皆さまが集まれる日だったので、どちらも両立させることにしました。 昔から、時間さえ重ならなければ両方引き受けることが多いです。 「あなたなら出来るでしょう?」 音楽の神さまにそう背中を押されているような気がしてしまうからです。 大将がUPしてくれたYoutube動画のサムネより。初めて2年前のクリスマスに『大将&Angels』に混ぜてもらったときには4人でしたが、段々にぎやかに✨『にぎやか大好きアサリちゃん』みたいな私は素直に嬉しいです。 昼の大将バンドでは、メインボーカルは大将。 私はコーラスの1人とし

Keiori Takagi
7月12日読了時間: 9分


「Smells Like Teen Spirit」を和訳してみました。
Nirvanaの歴史的名曲 『Smells Like Teen Spirit』の和訳サイトを見ていて、 すごく分かるなぁと思うものと、 これはあれだ、マジメに取り組むべき部分が曖昧なまま、 元々にして曖昧なものが余計曖昧になって よく分からなくなってしまったな…という部分もあったり、大渋滞。 私自身が若い頃に受け取った意味合いで素直に歌っていたんですけど、それすらも誰かと分かち合う時が来るなんて、本当に時代を超えた名作です。 今回、参考にした動画。ネイティブの感覚で、当時の空気感ごと伝えてくれています。「カートは暗い人だから、遊んでいるというより皮肉的に言葉の遊びで表しているんだと思います。」と言ってる通り、皮肉な世界観です。「Teen Spirit」というデオドラント剤のCMも観ることが出来ました。(3種類くらいあったのだねぇ~) 正直、これを歌いこなすということは、 カートの世界に片足を突っ込んでいる状態でないと説得力がないと思うんです。 ただ「カッコいい」、だから「演りたい」では成立しない、 退廃的な思想が混じっている。皮肉もある。 それゆ

Keiori Takagi
7月8日読了時間: 19分
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