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誰かに勝たなくても、自分の仕事が成立しているということ②

4 日前
読了時間: 11分

第二部 その勝負、相手もエントリーしてます?


第一部では、ある二人の政治家を眺めながら、


「なんで、人はそんなに特定の誰かを見続けるようになるんやろう」


というところまで書きました。



ここから、いったん政治の話を離れます。


なぜなら、これに似たことを私は、

もっと身近なところで何度も見てきたからです。


仕事でも、人間関係でも。

そして何より、奈良に引っ越してから長く関わってきた音楽の世界で。



そもそも、何を目的に歌っているんやろう


歌い手同士というのは、外から見れば分かりやすく比較されます。

どちらが上手い?

どちらが声が出る?

どちらがお客さんを呼べる?

誰が有名? 誰がライブの本数が多い?

名のあるお店に出ている?

どんなミュージシャンに好かれている?

Youtube動画の視聴回数、 話題振りまき度。 比較しようと思えば、いくらでも比較できます。

私だって、

嗚呼、あんな声を持って生まれることが出来たら、 私だったらこうするのになあ。

と妄想してしまう瞬間もあるし、

例えばマライア・キャリーやホイットニー・ヒューストン先生みたいな、圧倒的な声と存在感。

憧れますよ。無いものねだりもします。

プロアマ問わず、身近なボーカルさんの声質に感嘆することも。あります。 でも、基本的には、

ヨソはヨソ。ウチはウチ。


神様がいるとして、その神様からそれぞれに何か「ギフト」を渡されて生まれてきたのだとしたら、私は私がもらった袋を開けて、その中に入っているものでやるしかない。


もらっていない「ギフト」を、

「なんで私には入ってないねん!」

と嘆いたところで、出てこないもので(笑)。

しかも、その「ギフト」はガチャガチャみたいに、最初から中身が全部見えているわけでもない。


持って生まれたものもあれば、長いこと苦労した末に、ようやく「あ、私にはこれがあったんや」と見つかるものもある。

そこにいちいち凹んでいたら、

歌、辞めなあかんなるでしょうね(^-^;


結局、誰もがやっているように、

自分の身体、声、音域。

自分の感性や経験、性格。

そして置かれた環境。

与えられたスペックの中で、 どのように工夫して最後までやり遂げるか。

それが人生ゲームのルールなんだと思っています。

お母ちゃんの、きんちゃく袋

これは、別に歌に限った話でもなく、

お母ちゃんが作る家庭料理もそう。

子どもの体操服や上履きやコップを入れる、手作りのきんちゃく袋もそうです。

世の中を探したら、自分より料理の上手い人なんて山ほどいる。


裁縫の上手い人もいる。


プロが作ったものを買えば、縫い目だってもっと真っ直ぐかもしれない。


でも、

「これ、お母ちゃんが作ってくれたやつ」

と大事に持って行ってくれる人が一人いる。


「お母ちゃんのご飯が一番うまい」

と言ってくれる人が一人いる。


それって、もう相当ハッピーなことじゃないでしょうか。



そのお母ちゃんが突然、

「隣の佐藤さんの家のきんちゃく袋に勝たなければ!」

と言い出したら、


いや、何の大会やねん。

となる(笑)。


歌だって、案外そんなものかもしれません。

何万人に愛される歌手もいる。

100人の前で歌う人もいる。

20人くらいの小さなハコで、

「今日この歌を聴けてよかった」

と一人に言ってもらう人もいる。

どれを成功と呼ぶかは、

その人が何のために歌っているのか

によって変わります。

そもそも、盤が違う

人間関係を一枚のオセロ盤のように考えることに、少し違和感があります。


たとえば同じ地域で活動する女性ボーカルが二人いたとする。


外から見れば、

「同じところで客を取り合っている」

ように見えるかもしれません。


でも、実際には全然違うことがあります。

独身なのか、既婚なのか。

子育て中なのか。


音楽一本で生きているのか、 どの程度、別の仕事があるのか。

年間何十本もライブをしたいのか、

年に数回、一回一回を大切にやりたいのか。


どんなプロを目指しているのか。

趣味として長く続けたいのか。 「これは自分の表現をする本番の場」

と考えている活動もあれば、


「ここは自己研鑽や、新しい人と音を出すための場」

と考えている活動もある。


その間には、いくらでもグラデーションがあります。

作品を残したいのか。

セッションが好きなのか。


固定メンバーで一つの音楽を作り込みたいのか。

遠征で参加したセッションで新しく知り合った人たちと、どんどん話をまとめて、次から次にLIVEをしていくのか。 元々、いろんな界隈に顔が広い人もいる。

狭く深く付き合う人もいる。

それぞれに事情があり、目的があり、得意なことがあります。

だったら、

そもそも同じ盤に乗ってへんやん。

ということが、普通にあるでしょう。

飲食店だって、同じ「店」ではない

飲食店なんかを考えると分かりやすい。

老舗だと聞いて、

「一度行ってみよう」

と足を運んでみる。

ところが、出てくる料理や店の雰囲気に、店主の強いこだわりがあって、自分にはどうもしっくり来ないことがある。 なんや、味付けが独特で、それが本場の味やと言われても馴染めなかったりして、、 結局いつものお店でサラッとおばんさい食べて、居心地が良くて。

という場合もある。

ある日には、私は純粋にお料理や雰囲気を楽しみに行ったのに、接客そのものを楽しむ常連さん向けの、かなり濃いコミュニケーション型のお店だったりする。

それが好きな人には、最高に楽しい店でしょう。

私がオジサンやったら、めちゃくちゃ馴染んだのかもしれない(笑)。

でも私はそうではないので、男性客向けのお色気作戦がツボにハマらない。

「ああ、この集まりは、このお店は、私の行く類いではないんやな」

と思って、そのまま足が遠のく。

それだけの話です。

店が悪いわけでもない。

私が間違っているわけでもない。

その人のニーズに合わせて、合う人が行けばいい。

そして私は、自分に合う店を探せばいい。

外から見ると、一枚の盤に見える


これはどんなコミュニティでも同じかもしれません。


詳しく知らない人から見れば、

「奈良のジャズ界」

「大阪のライブ界隈」

「女性ボーカル」

みんな一緒に見えるかもしれません。

でも中に入ってみると、全然違う。

その店を中心に集まる人。

演奏者が好きで追いかける人。 特定のジャンルを好む人。

セッション中心の人。

ライブ中心の人。

プロ志向か、どちらかと言えば趣味志向か。

地域密着か、遠征型か。

スタンダード中心。

多ジャンルに、あるいはオリジナル曲も混ぜたいのか。

さらに、その中にも人間関係があり、価値観があり、

無数の小さな盤が重なっています。

しかも、オセロと決定的に違うことが一つあって、

マスの総数が決まっていない。

ここも結構、大事な視点なんです。


白を黒にひっくり返さなくても、盤そのものを増やせる

オセロなら、盤面は64マスと決まっています。

相手の白を黒にすれば、自分の陣地が増える。

だから相手の一マスと、自分の一マスは競合します。

でも現実は違う。

新しい店に行けば、新しい人に会う。

違うジャンルを歌えば、違うミュージシャンと出会う。

自分でイベントを始めれば、それまで存在しなかった場所が一つ増える。

誰かと新しいユニットを組めば、また別の盤が生まれる。

遠くへ行って歌えば、そこにも新しい盤がある。

極端な話、

マス、増やせます(笑)。 「私が先にあの角を取る!!」なんて焦ってみても、


そもそも現実の盤には、まだ外側がある。


新しい盤だって作れる。


そう考えたら、「あの角を取られた!」という焦り自体、ずいぶん小さな話なのかもしれません。


同じ地域、同世代の歌い手の中で、誰が先に〇〇をした、とかよりも大事なことがある。 焦る必要も、同業他者の存在に怯えることもない。

戦々恐々と、誰かが持っている白いマスを、 必死になって黒にひっくり返し続けなくてもいい。

自分のところに、

一つ。

また一つ。

自分に合ったマスを作っていけばいい。

「戦わずして勝つ」とも、ちょっと違う

こういう話になると、

「それって、戦わずして勝つってこと?」

とミックスされることもあるけれど。

確かに、同じ盤の上から見ればそう見えるかもしれません。

でもそれも厳密にはちょっと違うなと思っています。

「勝つ」という言葉を使った時点で、 まだ相手を基準にしている。

相手より上。

相手より人気。

相手より仕事がある。

相手より評価される。

それは結局、ずっと相手を見ているからこそ。 ある種の執着から来ています。

私が面白いと思うのは、その先です。

自分の目の前の用務に集中して取り組んでいるうちに、

勝敗そのものが、そもそも どうでもええことだと分かる。

相手がこちらに何かを重ね合わせて、「絶対あの人には負けたくない」と猛烈に動いていたとしても、

その頃には私は、

次に歌う曲を考えているかもしれない。

家族とご飯を食べる時間を、心から楽しんでいるかもしれない。 自分以外の誰かが輝ける瞬間を、引き立てる 下支えをしているかもしれない。

全然違う人と、新しい企画の相談をしているかもしれない。

下手したら、、 古典落語を一席、 覚えようとしているかも(笑)。

そうなるともう、 一体何のための勝負だったのかなという話です。

誰かを見続けるということ

少し前、知人がSNSに興味深いことを書いていました。

スマートフォンを24時間つながった状態から離れて、 二年ほど経って気づいたことがある、と。

便利すぎる環境にずっと接続していると、

自分の心の中へ関心を向ける時間が、どんどん減っていく。

という趣旨の話でした。

これを読んで、

「ああ、まさにこれやなぁ。」

と思いました。

スマホそのものが悪いという話ではありません。

私も使う。SNSも使います。

ただ、

人間の「見る力」には限りがある。

誰か一人をずっと見ているということは、 その人に腹を立てている時間も、 反論を考えている時間も、 相手の反応を確認している時間も、

ある意味、

自分の人生の一部を、その人に渡し続けている  

ということでもあるわけで。

そのぶん、 自分の内側を見る時間は減っていく。

歌い手なら、 「私は次に何を歌いたいんやろう」 「この曲を、今の私はどう歌いたいんやろう」 「今度は誰と、どんな音を出したいんやろう」

そんなことを、 日々の暮らしの中でぼんやり考える時間が減ってしまう。

それは、ちょっともったいない。

ヨソはヨソ、ウチはウチ

だから結局、私はここへ戻ってしまうのです。


ヨソはヨソ。ウチはウチ。


あの人には、あの人がもらったギフトがある。


私には、私がもらったギフトがある。


……いや、別に

「私にはこんな素晴らしいギフトがあります!」

なんて思えなくてもいい。


私の場合なら、

「生演奏や生歌で、耳から心に栄養を届けたい」


「暗くなっていく世の中で、何もせずにいるのはイヤやなあ」


「せめて自分の周りくらい、音楽や芸術に触れながら明るくやっていきたい」


そう思って動いているうちに、


「それやったら一緒に演ろうや」

と力を貸してくれる人が現れる。


そして、それを見た誰かが、


「タカギみたいなんがやってるんやったら、うちらにも出来るんちゃう?」


と、また別の場所で似たようなことを始める(笑)。


ええやん。やりましょやりましょ。

その町にも音楽が増える。 別のお店も賑やかになる。 知っている人たちが、違うところでも活躍する。

その頃には私はまた、 別の何かに心を動かされて、次のことを考えている。


そうやって物事は、順繰り順繰りにつながっていく。

それでええんちゃうかな、という心境です。


「いいなぁ」と、他の人が羨ましいこともあります。

「その声、ちょっと貸してくれへん?」

と思うことだってあります(笑)。

でも借りられません。 AIに音声データを送って、 本来なら出ない音域まで正しいピッチで歌わせる。 写真を加工して、 実物とは違う大きな黒目にするプリクラみたいに、 声もCD音源みたいに整える。

技術としては面白い。でも、 それを「私の歌です」と言って私は満足するんやろうか。

たぶん、そこではない。

だったら結局、自分の袋に入っていたものを育てるしかない。 足りないところは勉強する。

ずっと工夫し続ける。

人の力も借りる。

失敗したら、

「ここは私の力が足らんかったな」

と考える。

こりゃ盤が悪かった、運が悪かったと思ったなら、

「今回はしゃあない」

で次へ行く。

そうやって、自分の人生ゲームを進めればいい。

誰かが突然こちらを指差して、

「お前は俺より、下やからね?」

と言ってきたとしても、

こちらまでリングに上がる義務はありません。

私はたぶん、

「へえ、そうなんや」

と言いながら、

リングのロープの横を、ひょい。

と通り抜けるだけなんだろう。

その勝負、私、エントリーしてませんねん。

そして、ここまで考えを言葉に出したところで、

第一部で書いた二人の政治家のことが、また頭に戻ってきます。

政治という仕事も、

本当は一枚のオセロ盤なんでしょうか。

一人が注目されたら、もう一人の価値は減るんでしょうか。

新人が8,000票を取ったら、 ベテランが積み上げてきた年月は消えるんでしょうか。

そんなことはないはずです。

むしろ、実は、

39人もいるんですよね。

次は、その「39人兄弟」の話をしてみようと思います。

第三部へ

「39人兄弟の大家族」

 
 
 

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