私の歌の本籍地について
- Keiori Takagi

- 3 日前
- 読了時間: 11分
気がつけば、私の歌の“本籍地”はJAZZになっていました。
日本で生まれて、日本語で育って、日本の生活圏で生きてきたはずなのに、 心の奥ではずっと別の国の風が吹いていた気がします。
子どもの頃、意味も分からないまま海外のドキュメンタリーに心を奪われて、 「なるほどザ・ワールド」に胸を躍らせて、
ナイル川の青さに呼ばれるように、音楽のルーツを辿りたくなっていきました。
私の歌は、日本にいながら、ずっと“外の世界”を見ていた少女の延長線上にあります。
◆私の歌の本籍地とは
― 日本で育ちながら、心はいつも海外の音楽へ ―
私の歌の「本籍地」はJAZZ—
それも、間違いなく「Vocal Jazz」の世界です。
そう自信を持って言い切れるのは、そこがただ「歌詞をなぞって上手く歌う」場所ではなく、歌い手自身の洗練された「美意識」が試される世界だからです。
決まった楽譜の指示に従うのではなく、声というひとつの「管楽器」をどう鳴らすか。音と音の「間」にどんな息遣いを残すか。
正解のない自由の中で、自分だけの美学を頼りに一曲を立ち上げていくスリル。そしてその瞬間のバンドと、言葉を超えたスリリングな会話を交わしながら、声の響きひとつで空間を染め上げていく快感。
いくら私が自分の中の問いを科学して、深めていっても、そんなものゴミにしかならないよって言いたい人には言わせておきましょう。一人一人、自分の課題があり、解決する課題、克服するテーマがあるものです。外野は関係ない。
歴史に名を残したジャズメンやクラシックの巨匠、あるいはキャンバスに向かい続けた画家たち。彼らが抱えていたのは、「生きている間には誰にも真意を理解されない」という静かな孤独でした。
でも、美しいものを生み出す営みとは、いつだってそういうものなのかもしれません。私のようなものでも、結構一人だなと絶望することの繰り返しです。
見えない壁に向かってボールを投げて、それが返ってきて。何かに向かってキャッチボールを続けているわけですが、私が私の理解できる範囲で考えをまとめ、そしてまた投げ返しているだけなんで、そんなに高尚な話では無いです。
あくまで日々、自己研鑽するなかで、その表現の真意を、今すぐ誰かに理解してもらう必要なんてありません。「あの人、まだあんなことやってるんや。」と出来てないことばかりでしょう。
そしてきっと、やり続けていても、その取り組み内容について、おおよそ説明できる人すら存在しないでしょう。
けれど、自分が掴んだ美しいと思ったものに対する感覚を、声として、音楽としてアウトプットし続けていく。
それこそが、私が自分の暮らしに音楽の分量を増やし、自分でも歌い続ける理由なのです。
私は、日本人の両親のもと、日本で生まれたはずなのに、物心つく頃には欧米の文化に自然と惹かれていました。
意味は分からなくても、NHKの海外の現地の人の暮らしぶりにワクワクして、海外映画の“空気”に心を持っていかれた幼少期。
小学3年の頃、母に連れられて通い始めた公文式で英語が始まり、気づけば私の脳内には、違う国の文化が勝手に流れ込んでいました。
日本人でありながら海外の音楽が好きになり、白人らしいショウビズ全開の華やかな世界に憧れ、やがて――私は、黒人音楽の持つあの“原始的な黒っぽさ”に、理屈抜きで激しく反応するようになっていったのです。
◆黒人音楽のルーツに惹かれた理由
― 「Don’t know.」で済まされる世界の奥にあるもの ―
なぜ、私はあれほどまでにあのグルーヴや声の響きに魅せられたのか。
当事者である彼らに尋ねてみても、きっと「なぜって…そんなの Don’t know(さあね。分からんよ)」と、あっけらかんとした笑みで返されるのがオチかもしれません。
論理的な説明も、言葉による証明もいらない。「ただ、そうとしか表現できないから、そう鳴らしている」という圧倒的な必然性。
誰も説明してくれない、解説書もないその「Don’t know.」という一言の奥底には、彼らの血や歴史、悲しみや喜びが地層のように積み重なった、とてつもなく深く壮大な世界が広がっていました。
誰かに理解してもらうための理屈ではなく、ただ己の感覚を信じて音を投げ返し続ける私のやり方は、期せずして、彼らが持つあの「理由なき本質」の領域と深くリンクしていったように思います。
そしてきっと誰かが、私のことを分析してくれるでしょう。日本人のうちで、誰かが。
今だってあるセッションで、自分のキーより少し高めの演奏に合わせて歌ったときに、私がそんなには深く考えてやっていなくても、 「タカギさんの声は倍音が豊かだから、高い音域を歌っていてもキンキンに聞こえないように処理されている。」
という感じで、ボイトレの先生をしているボーカルさんが、私よりも分析し、私の代わりに説明してくれたりします。みんな研究熱心だなぁ。
私も段々と歌に対するアプローチなどを聞かれて、誰かに説明するシーンが増えてきて、やっとこさ、なんとか伝えようという段階です。思ったようにやって、理屈は常に後から(^-^;
知り合いに黒人のJAZZプレイヤーがいたり、 音楽好きな黒人さんと話す機会もありましたが、 彼らの中にはこう言う人もいます。
「JAZZは俺たちのもんだ」
「白人とかアジア人とか、はぁ?」
ナイーヴなところですが、歴史を辿れば確かにそう。
黒人コミュニティで生まれた音楽が、 ユダヤ系の人々に「何やってるの?」「面白いやん」と受け入れられ、 アメリカの中で少数派同士が協働して広まっていった。 その後、白人の理論家たちが体系化し、 世界中の教育機関で学べる音楽になった。
黒いルーツを強く持つ人に 「なんでこのリズムなん?」 とか、曲を作ったご本人に「なんでこのコードなん?」 と聞いても、返ってくるのはたいてい、
「Don’t know.」
感覚的に心地よいもの、響きがCOOLなものが好きなだけ。 それが黒人音楽の“本質”でもある。
◆Afro BlueとBlack Nile
― ルーツを辿りたくなる身体の記憶 ―
私は高校生の頃、韓国にルーツを持つお友だちと親しくなり、彼女のおうちが漫画の本をたくさん所有していたため、いろんなモノを借りて、読ませてもらっていました。 なかでも、少女漫画『王家の紋章』に激しく心を奪われ、夢中で37巻まで読み進めた記憶があります。
ページをめくるたび、描かれる古代エジプトの壮大な世界観、そしてコンコンと湧き出るナイル川のほとりに、まるで自分自身が深く呼ばれているかのような不思議な感覚を覚えていました。
日本の普通の家庭で育ちながら、なぜ私の心はこれほどまでに、見知らぬ遠い異国の、それも古代の土や風の匂いに惹きつけられてしまうのか。
それは単なる「お話への憧れ」ではなく、自分の内側にある何かが波打つような、理屈を超えた感覚でした。 (そういえばうちの娘も、今年の春先に「エジプトに行きたい」とおじいちゃんに連れて行ってもらおうとしていたな…血は争えないな💦)
人類の歴史において、言葉が先だったのか、歌が先だったのか、
それとも太鼓の拍動が先だったのか。
私は間違いなく、歌と太鼓が先だったと思っています。
もっともっとずっと後になってから、人間は「言葉」を手に入れたはずなのです。
でないと、人間は「感性より理性が先だった」なんてことになってしまうから。
現地の人が今でも歌と太鼓だけで集まり、輪になって踊っている姿を見ると、無性に胸が熱くなります。
言葉や理論が生まれる遥か昔から、人は声を発し、地面を叩き、身体を揺らして魂を通わせていた。
大人になり、ジャズやソウル、ブルースというアフリカに根を持つ音楽の皮を一枚ずつめくっていくにつれ、あの少女時代の記憶がふっと蘇ります。
意味や理由(Don’t know)を超えたあの原初的な響きに触れていたいのには、あの頃ナイル川のイメージに惹きつけられていた少女時代から、何ひとつ変わらず私の中に生き続けているのだと思われます。
◆歌は「蓄積」でできている
― 感覚だけで歌っているわけではない ―
「なぜ、その曲を歌うときはそういうアプローチになるの?」
そう聞かれたとき、私の中には「説明できる部分」と「説明できない部分」のふたつが存在します。
幼少期から今に至るまで、節操なく様々な音楽や文化に触れる中で、私の身体には膨大な音の風景がミルフィーユのように“蓄積”されてきました。
だからこそ、マイクの前に立った瞬間、その積もり積もった引き出しから、感覚的に一番心地よいノリや響きが自然と溢れ出してくる。その意味では、私の歌は極めて感覚的です。
他のボーカルさんを見ていると、いろんな歌モノの作品について聞いて、歌って、常に新しい曲を取り入れてお勉強されている方が沢山います。
歌のお師匠さんに「いろんな作品を聞くとよい」と言われた、お世話になっているジャズピアノを弾く人やジャズギタリストの人から「インストも聞いたほうがよい」と言われた、
等々、お話をしていると聞くことがあります。本当にその通りだと思うし、インストものは私も昔は歌モノよりも聴いていました。部屋でFMラジオなどから流れていて”声”がないほうが心地良かったというのもありますが(^-^;
私にとっても歌は、その人が今までに通ってきた音楽の蓄積なので、歌に関係ないようでもいろんなものに触れているほうがいい。読書と同じかもしれません。本人は興味の赴くままに読み耽っているだけ。
実生活でのどこでその知識が出てくるかは分からないけれど続きが気になるから読んでいる。それが人と話しているときに、何気なく教養として出たりするようなものかもしれません。
沢山の作品に触れていれば、歌うために次に何を歌うか探さなくても、ご縁が繋がればそのときの自分にシンデレラフィットする作品に出会えるものだと思います。
例え、自分が作詞作曲してオリジナル曲を作るとしても、普段からどんな音が好きでなにが嫌いなのか知っておく、大きな手掛かりになります。
常に好きな音に囲まれて、普段の暮らしも自分の感覚を大事に、感覚を研ぎ澄ましておく。
とはいえ、完全に感覚任せだけで歌っているわけでもなく。
Vocal Jazzという洗練された美意識と論理の世界の、
隅っこの隅っこ、端っこの端っこ💦であっても
その辺りに身を置いている以上、歌の構造や技術、理論的な理屈を言葉で説明しようと思えば、もちろん出来なくはないです。
だけれども。歌っていくという営みは、どこまでいっても「感性」と「身体」が先に立つもの。言葉や理屈(理性)は、常にあとからついてくる「後付けの記号」に過ぎないと思うんです。
歌とリズムが先に生まれ、言葉がもっとずっと後だとする仮説を採用するならば、それは、そういうものだということ。
だからこそ、あえてすべてを言葉で説明しようとすると、かえって歌の持つ一番大切な「本質」から遠ざかってしまうような気がするのです。
◆JAZZは私の「本籍地」であり、旅の出発点
― 黒いルーツ、白いショウビズ、日本の生活圏 ―
黒いルーツを持つ音楽の底知れないグルーヴに惹かれ、
また同時に、白いショウビズが放つ洗練された華やかさに心を奪われ。
日本人の両親のもと、日本の生活圏で日常を重ねながら、個人的な興味と関心の赴くままに海外の情報に触れ、どちらかというと若干”アメリカかぶれ”なティーンの頃。(イギリスも少しくらいは。)
黒と白、そして黄色。
日本の音楽も、住んでいるんだからそれなりに通っています。(The Boomが好きだった影響で沖縄民謡とかも。)
そして昔からジャッキー・チェン、レスリー・チャン、フェイ・ウォンが大好きで、香港映画に使われていた音楽も大好きです。
全く異なる色や空気を持ったそれらの要素は、決して打ち消し合うことなく、私の内側で静かに溶け合っていきました。(The Boomの影響でスカ、レゲエ、ラテンも。)
矛盾しているようでいて、そのすべてが嘘偽りのない私のリアルでございます。
その複雑で雑多な混ざり合いこそが、私の土台となっていると言えましょう。
私にとって表現のアイデンティティであり、拠って立つ「本籍地」。
そして同時に、おそらくやめようと思ってもやめられない、死ぬまで終わらない個人的な課題へ向かうための、「出発点」なのです。
■おわりに
ルーツを辿ることはもう、ある程度済んだのかもしれません。今は、自分が分かったことをそのまま、お伝えするだけ。
いつもは忘れていても、これまでにお世話になった人、場所、音、全てのピースが全部、私の声のどこかに沈殿しているかもしれません。
黒いリズムも、白いショウビズも、ナイルの記憶も、私は日本に生まれ育ち、そのまま、国境を越えたいだけなんです。「私の声」で。


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