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執筆者の写真Keiori Takagi

『Sunday Morning』意訳と考察。

何度となく向き合うことになった、曲です。


Maroon5のアルバム『Song About Jane』は発売後すぐ購入して、ハマって聞いていました。どの曲についても非常に性的と言える表現があるし、性的に取らなければそれはまたそれで深いレベルの愛や親密さをシンプルに突いてきます。




売れてから実際に、日本のカラオケに自分たちの曲が入っているのを知ったそうで。でも現実的には日本のオジサンはMaroon5は聴かず、未だに60年代から70年代のソウルとかを愛するのではないでしょうか。なんとなく。そんなに新しいものに更新するのが早かったら、日本はこんな国にはなんていないんじゃないか。


非常に理想的。そっちの世界線が良かったなぁ。もうあと20年後には起こるかも?


ハリウッド映画でもよく起こる日本からみた日本と、欧米からみた日本の理想と現実(^-^;


<日曜日の朝は>


日曜の朝 雨が降ってる 

シーツを奪って 肌を寄せて

雲が僕たちを包み込んでいる忘れがたい瞬間に 

僕がそこへ収まるように 君は体をよじる


でも狂ったことが起こって 

生きていくことが大変なことで

分かっていたら喜んで旅に出るだろう

立ち上がって前に進んで 

それがいつか 君の元へ僕を導いてくれるだろう

それがいつか 君の元へ導いてくれるだろう


それが多分僕が必要なもの全て 

暗闇の中彼女だけが見える

こっちに来て 僕と一緒に骨を休めようよ

日曜の朝 ゆっくりして 

そして僕は絶対にどこへもいかないさ

 

隅々まで君の形を

指でなぞりながら 両手で描く

行ったり来たり 

僕たちは嵐の中の 木の枝みたい

天気が変わっても 最後の瞬間まで 

まだ一緒に居るさ


多分僕に必要なのはそれだけで 

暗闇の中彼女だけが見える

こっちに来て

僕と一緒に骨を休めようよ 

日曜の朝 ゆっくりドライブするみたいにさ  

そして僕は絶対にどこへもいかないさ


でも狂ったことが起こって 

生きていくことが大変なことで

日曜の朝 雨が降って君に呼び掛けているよ 

そうすればいつか 

君の元へ戻れるように

連れていってくれるさと歌いながら


君の元へ自分が戻っていく方法を見つけながら


君が髪に飾ってる花 

その花が俺なんだ

日曜の朝には雨の降って 

自分の居場所に帰るんだ



最も大事に歌っているのは、最後の、


『髪に花が飾ってあって


僕は君の頭に飾ってある花なんだよ』の部分です。



これを終わりの方にさりげなく持ってきた遊び心。大人になってマシンみたいに山積みの仕事をこなす毎日のルーティーンに、小さい頃に遊んだ公園を思い出します。



よく遊んでた男の子が、四葉のクローバーを見つけてくれたり、シロツメグサで髪飾りを作ってくれたり。ときには両手いっぱいのコガネムシだったけれど。



非常に古風でロマンティックで、欧米風に言うとヒッピーみたいな無邪気さと自由奔放さと言えるかもしれないし、



わたくしゴトのレベルで表現すると、高校生の頃読んでいた『南くんの恋人』のチヨミの気持ちに近い。好きな人のシャツの、胸ポケットに入っていたい気持ちと似ています。



そういえば、またテレビ朝日系列でドラマ化されるみたいです。2024年7月より。今度は南くんが小さくなっちゃうらしい。





『ともだちでいいから』も名曲。


たまに歌います。スマホにも必ず入っています。個人的に。




今振り返っても、どのリメイクよりも高橋由美子版から伝わるパワー。すぐ泣いてしまいます。彼女の演技力というか存在全てがブチ込められていて。本当に大好きです。


確か武田真治的には『最後の制服作品』でした。



Sunday Morningに戻ると、ゆったりとしたJAZZ風のポップスとマイナーなソウルフルさがベースに歌が乗っかっていて。4分間あまりにシンプルで普遍的な、愛することにまつわる無邪気なタイムカプセルを差し出してくれるところが粋です。



混沌とした不安の時期を、他の人に慰めを見出してやり過ごす。すごく平凡なことを非日常なものとして描写しているし、自分にとって大事な人と過ごす静かな朝の儚い美しさを、聴いている人に個人的に語りかけています。



ボーカルのアダム・レヴァインは、まずは①旅に出ることを歌っているのではないでしょうか。非常に宗教的な概念かもしれないけれど、単なる物理的な旅以上のもので。全ての旅立ちが、帰還への憧れのようにも表現されています。



日曜日の朝といえば、欧米的には安息日というか。仕事が休みの人も多く、ゆったり過ごしていい聖域みたいなもので。その安寧なホームベースを離れて外で色々と闘ってくることがある。完全にクレイジーな世の中で、時に旅は希望に満ちた雰囲気も含みます。



だけどいつか、それがどんな道であったとしても、待っている恋人の腕に戻ってくる『約束』になっている。独りぼっちで自分の道を探求することと、愛する人との共存のバランスが取れています。



何気ない、雨で怠惰に過ごす日曜の2人でありながらロマンティックで普遍的。変わらないものへの憧れを心に留めながら、個人的な進化も必要だよと認めている成熟した精神性がないと、今一歩つかみきれない詩の世界があるかもしれません。



人生としてもハリケーンに見舞われながら、数週間はなんとなくタイミングが合わなかったり、生活のリズムなどが狂ってしまうこともあります。でも、嵐の中で変化という試練に柔軟に対応することについても描かれています。



もしかしたらただの恋人同士のダラダラした、くそエロい曲で終わってしまうんじゃないか。”指があなたのすべての輪郭をなぞる”ように細心の注意を払い、お相手の全体像を深い認識で探ることについて、優しく描写して。



嵐の中で前後に揺れる枝は、孤独な1個人としてではなく”We”私たちで統一戦線として嵐を乗り切っていける適応力とか、傷ついても回復するやり方を示しているようにも思います。



人間関係、意見の相違や浮き沈みがありながらも耐え忍んで。それが終わっても、まだ一緒に居るままでいる。そうだといいですね。”私がいる型に合うように身をよじる”の辺りを聴くと、登場する2人の関係だって完ぺきではなく、妥協や適応することも必要な間柄。



次には、②信頼できる関係性の中でお互いに快適な秘密基地のようなもの(慰めとか、避難所とか)を共有することで、外の喧騒に関係なく、私たちが今をゆっくりと受け止め、一瞬一瞬を楽しむというテーマをサビで協調しています。



知らないことに対する見えない部分が暗闇のように広がっても。その空間では大事な人の存在が導きで、揺るぎない光となること。繰り返し「日曜の朝は ゆっくり運転するみたいに」というセリフが入るので、



不確実だけどお互いの聖域があることで、外のことはどうでもいいから、私たちがゆっくりと、人生における旅を味わうコトを可能にしてくれているよと、「Drivin’ Slow___」の合言葉が、急がない関係性のメタファーになってそうです。



ここまで考察しなくても、



タラッとした日曜の朝、


アイツ、布団とりやがって...と


ちょっと小競り合いの末



毎度その_ダラダラ過ごして


昼から買い物でも行こか?


ゆったりドライブがてら。



こんなにも代わり映えのしない


雨やし特に無いし、若くもないから


地味~な日曜なんですけど、



生きてると、そういう時間こそが


実は一番大事ちゃうか?


って、気づいたんですよ。


相方よ、毎日アリガトウ。



というレイヤーだけでも十分響くし、Maroonの皆さまが音楽業界のプレッシャーや人間関係の変動、期待の重さを経験しているときに生み出された、時代を超えて愛される普遍的なテーマがあるなぁと改めて思いました。



















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