top of page

ピカデリー打ち上げに参加しました。

振り返る時間を持てないまま駆け抜けるうちに、

2/8日にピカデリー梅田まで行って、

DJヒトミ主催のパーティーに参加して、


渡辺桃子さんとユニット、

『Peaches & Candy』でJAZZライブをして、

パーリィーパーリィで盛り上がって…

なかなか無いオモローな体験で、


そして気づけば打ち上げの日がやってきて。


ホントは先月だったけど4月に延期となったので参加しました。


むしろ私は3月でなくて良かった…

いろんなピアノをふさわしいところへ嫁がせる、

例えるなら”お見合い相談所”、

”仲人?”のような業務で手一杯だった…


2/8日のことはあとでUPするとして。

打ち上げでは、イベント当日に話しかけてくれた男性や、ピアノの件でやり取りがあった方、昨年6月に開催された高安(八尾)でのイベントで出会った人、初めてお会いする人と難波にある『不二牛』で比較的マッタリと、和やかにお話出来ました。


DJさんにイベント企画の人、カメラマンで動画編集も行う方、ヒトミさんの実務面をサポートし続けてきた人、いろんな人とお話ししました。


当日はもう、いっそがしいやろうからとヒトミさんに声を掛けることなく、スタッフの皆さまから伝えられる案内通りに桃子さんと行動していたくらい、大掛かりなイベントで。ステージ横『関係者出入口』を出たところで特定の方とお話したり、繋がったりする以外は大まかな流れに従うのみ…という感じ。


思い起こせば、短大を卒業して、学生の頃に進路を迷った栄養士として働き始めて、もしかしたら再婚するのか?からの、ほんとに引っ越して籍を入れて、新たな生活環境でJAZZを歌うからといって、


ヒトミさんが繋がるいろんな音楽関係の人の中から、よりによってタカギに頼んでくれたので。


あらためてみんなで自己紹介をするところから始まり、ビックリするくらい柔らかくて美味しいお肉が食べ放題でてんこ盛り焼いて、お野菜にイカやホタテなどの海鮮も✨地元ならではこの値段でここまでは出てこないわ~と思わず言ってしまう豪華なメニューで。話しながらもどんどん焼いて食べていました。


噛むと柔らかくほどける。奈良にある食べ放題のお店でこんな美味しいお肉を食べたことがない。
噛むと柔らかくほどける。奈良にある食べ放題のお店でこんな美味しいお肉を食べたことがない。

あの時どうだった~とか、終わってからの打ち上げ会ならではの会話で盛り上がり、マイペースな私は中盤で”ゆずシャーベット”が食べたくなっていたら、私と同じように食べたいという方もいて。好きなときにデザートを食べながら、また冷麺やホルモン、ニンニクなどを納得するまで頂きました。


海鮮もデザートもバッチリ。最後のほうには店長さん手作りのシュークリームとタルトが届いて。余計なものが一切含まれない、手作りのシュークリームはお腹いっぱいでも心が喜んで、美味しかったです。
海鮮もデザートもバッチリ。最後のほうには店長さん手作りのシュークリームとタルトが届いて。余計なものが一切含まれない、手作りのシュークリームはお腹いっぱいでも心が喜んで、美味しかったです。

生演奏な界隈にいてる私と、DJ畑にいてるヒトミさんたち。遠いようで意外と近く、ビックリするほどの刺激を受けまくって帰りました。私にとってもお互いの活動になんとなく影響がありそうな。ステキなチームだなぁ。最後のほうは音楽の話で終わっていきました。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


ヒトミさんとは、バンゴさんという影響力のある弾き語りの方が主宰するライブイベントで、2年前に初めてお会いしました。その後、八尾にある高安でのイベントに招待してくださり、バンド体制で伺いました。

そもそもバンゴさんとは、私の住む隣町の駅前で、定期的にアイドルユニットや歌い手のイベントをされている方の集まりでお会いして。私のライブにもお越しくださり、自身のイベントにも歌いに来てくださいと声を掛けてくれました。


隣町、王寺町駅前で一時期毎週のようにイベントをされていた方は、もちろん私があるとき直接声をお掛けして、その活動に賛同し、私も駅前の広場で歌わせてもらいました。


3年前の当時には、初めてのディナーショーをしたり、JAZZだけではなく、弾き語りやバンド形式で歌われる方と1つのイベントをご一緒したり、今に繋がる活動の初めの一歩があったように思います。 


色々バラエティーに富んだユニットでイベントをしたときにお越しくださったラジオ関係の方からのつながりで、いろんなことが積み重なってコミュニティラジオ局の生放送の番組内でイベントの告知させてもらうことが出来ました。常々、JAZZを歌うからといって、JAZZバーだけ?各地で開かれるJAZZフェスや理解のある方が経営されるカフェで歌うだけ?だいぶ閉鎖的だなぁと、今ならまだ動きも軽いし、なんとかならんかなぁという思いがありました。


年々落語に興味を持ち始めたその頃の私が図書館で借りた、亡くなられた立川談志師匠の本を読んでいると、落語協会を脱退した後の数年はお弟子さんたちも落語を発表する場が限られてしまったそう。


やる場がないなら自分で作れと師匠に言われ、志の輔さんたちは下町の劇場で手品や漫談をするような場所でいろんな人に混じって仕上げた落語をしていたとありました。その時期があったから今の活動に繋がっているとも。


なるほど、落語界だけで活動するのではなく、喋りの仕事の中でもいろんな形があり様々な人とお付き合いしてお互いに切磋琢磨していく中で、民放テレビ番組の司会者が出来たり、活動の幅が広がるのね…と思った記憶があります。


私は私で、もっと別の場所、別の形で「知らないだけで必要な人が要るんじゃないかな」と、アイドルユニットや歌い手活動中の若手、弾き語り系アーティストさんたちに混じってJAZZを歌ったなと。いろんなところへお邪魔しました。


あと2か月で再婚して4年。奈良市内から離れたところに拠点を移し、今までのやり方から新たなやり方を思い描き、どこへどう繋がるかな?とワクワクしながら続けたことが、あるところまでいきついたなぁと分かりやすく感慨深かったのが、2/8日、でした。

 
 
 

コメント


bottom of page