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執筆者の写真Keiori Takagi

ボランタリー(自発的に)

更新日:2023年9月17日

下の画像は、男子中学生のなりたい職業ランキング…


比較的得意なことで、

人の役に立つ行いをすること=生きていくこと、と、思うんだけどなぁ。


だ~れにも望まれてないのに、お客さん来ないのにLIVEし続けても仕方ないのと一緒で、


だったら歌やめて、もっと他に人に必要とされることもやるだろうし。



1位~5位までみても、そないに人の役に立っているとは思えないなぁ。


アメリカの中学生の方が具体的。さぞかし人の役に立って世の中を回すだろう。


この調子で日本では誰でもいつでも動画撮って出して、


閲覧数が上がるのも上がらないのもあるだろうし、


私なんかは自分の時間を膨大に削られるゲームに逃げたくはないのに、

みんながどんどん作っちゃって、


雲をつかむようなIT関係でなにかしらのエンジニアかプログラマーになって、


特にどんな働きをしたかと振り返っても実際に何したんかってところが分かんなくて、


結局なにかしらの「しゃっちょー」になるんだ…。


だいじょうぶか、日本💦


子育てもひと段落すると娘は友だちと楽しそうなので。会話らしい会話は減り、母が長年間違っていたことをたまにLINEするくらいです。ママ、ママと必要にされるシーンは減って、自分の時間が出来てきました。


そういうちょっとだけ、ちょっと仕事や時間に融通の利く人が、Pや自治会など地域のイベントのお手伝いを引き受けて、回していけたら理想的ではあるけれど、


娘が小さいときに、仕事が忙しくてもカーテンやゼッケンを洗ったり、ちょっとしたことならと小学校でも学童でも出来る範囲でお手伝いをしました。


PTAなんか無くしてしまえって声がとどめられなくて、私が役員をしているときに任意加入制に切り替える流れを作るところで、他校の会長さんと意見交換をしたり、その他、勉強会に出席することに。


次の会長さんに引き継いで、それから1年経ってやっと開始されて。何人かは未加入になったので配るもの、お手伝いの範囲などややこしいことだったと思います。結局は入っていなくても同じに扱うシーンがあったり。


いろんな声があるけどやらなあかんとなるとえーブゥブゥ、重い腰。自分たちの頃は子供らで行けてた~とか。でも時代は違ってお兄ちゃんお姉ちゃんが居なくて、集団登下校が成り立たないエリアが毎年出てくる。


日本人、ボーっとしてなって思うんですけど、他の国では学校までは保護者が送り迎えするのが基本だそうで。それでも連れ去り事件の件数は減らない。


私も下校時に危なかったこともあるといえばあって。大学生くらいのお兄ちゃんに路地に連れ込まれて。ちょっと、おトイレしたくなったからそこで誰か来ないか見といてくれる?って。「うん。」と頷いてすぐ逃げました~。


他にもありますがそういうこともあったし、私はひとり親だったので娘は学校の門まで、通勤前に私が連れて行ってました。小さいときは、集団に混じりたそうな娘だったけれど。


「きょうこちゃんは、ママと、集団やな!」って娘が泣けるほど前向きに、私を悲しませないように言葉を作ってくれたのです。私を親にしてくれてありがとうと、親子や逆転の、頼りない母に対しての心遣いなのです。


あの子は子供のときから教えなくても、モノゴトのいい面を見て、泣けるほど言葉掛けがうまいのです。良い面が見えているといくことはそれだけ悪い面も見ているということで。


非常にシビアな、現実的な娘かもしれません。せめて夢を見て夢に生きてほしい。近所にもう一人、ひとり親で1人で通っている女の子が居たので、さりげなく一緒に通勤して、一緒に通いました。


なんで登下校の道で見守らなあかんねん、なんで学校の前の小屋に順番に入って、仕事や済んでまで見守らなあかんねんって、そのときは私も思うコトはありました。でもちゃんとやる。だって、危険なコトもたまにあります。


頑張って見守っていても、ヤバい奴はいてる。スキがあると攻撃を仕掛けてくる。そんな世の中です。頑張って防ごうとしても難しいけれど、やれる範囲のことを、みんなで持ち回りでやれたらと思います。


Pのことに限らずどんなイベントでも、大半の人はやろうとか手伝おうなんてならず、祭りやら当日の楽しい瞬間だけを享受する。でも準備から携わったり、最後まで残っていたからこその楽しさもあるんです。


6年前の私はマクドLIVEでひと仕事終わったあとのスタッフや演者さんを交えての語らいとか、飲みに出て日本酒とか、こさかJAZZでは実行委員とかは難しくても、ふれあい祭りやなんや、打ち上げが楽しくて。


月ヶ瀬の近くの親戚の法事に行ったときみたいに、エプロン持って、女衆は手分けして台所で料理を作って。男衆はお坊さん来る準備と歳取ったおっちゃんおばちゃんの話し相手をして。


お坊さんが帰ったらみんなでご飯食べて、瓶ビール飲んで。酔っぱらって少し昼寝、また起きたら夕飯の準備。


子供らは子供らで集まって小さい子の守りが出来てりゃ親は助かるから手伝いとかしなくてもいいけれど。


やっぱり大きくなると子供の頃みたいに遊んでたらどこからか坊さん来て~足痺れながらご飯~また遊んで~とはならない。45年生きて、モノゴトのオイシイ側面だけ関わって、心底幸せになった人を私は見たことないのです。


保育園や小学校の音がウルサイから静かにしろとクレームが入ったり、電車の中で赤ちゃんの泣き声がうるさいからと露骨にイヤそうな顔で周りの人に睨まれて、もう電車で移動なんかしたくないって思いました。


でもその露骨に嫌な顔した人も、赤ちゃんだった頃があるわけで、幼稚園や小学校に通ってきただろうし、ある程度はなんとかならんの?今の自分さえ良ければいいんでしょうね。


残念だけどそういう自分都合優先の大人は子育て中少なくなかったです。そういう人も、学校や地域のイベントの手伝いとか1回してみたらいいのになぁと思う。


でも準備とかしたことないし、やってもらうのが本分であってやる側なんてずーっと無さそうな生き方で。イヤなことは逃げたり避けたり、みんなが余裕があるわけではないから逃げたもん勝ち!みたいな人も普通に沢山会った。


ある程度準備して、そして、片づける。顔を真っ赤にして酔っ払いながら皆と語らうのが大きくなった子供(私)の役割かもしれません。そしてみんな無事に帰宅するところまでが仕事なんだと。


そこまでがワンセット、

なのですけど…いろんな人居るからなぁ。


あくまで私の立場の話です、はい。


強制ではないですし…。そんなことをPTA説明会とかで言った覚えはあるなぁ(笑)


合理的なこととか、自分の時間は自分の為だけに使いたいとか、そういう生き方をしていると、どこか欠落しているような。


もしやりたくないことから逃げ続けても、今まで生きてきた経験上、別のところで強制的に引き受けざるを得ない状況を作られてしまったり。


まあ、それも、その人の勝手で。


それやったら、自分の選べる範囲、比較的得意なことで、誰もが引き受けたがらないややこしい役割とかを、比較的余裕のある時に済ませてしまった方がいい、となる。



私も子供の部分を大いに残しながらも、やるときには親の立場、面倒をみる側というのを出来る範囲でやって、世の中を回すなんらかの助けになればなぁと思います。


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