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執筆者の写真Keiori Takagi

映画『クラウドアトラス』感想

更新日:2022年6月27日

人はなんで、同じことを繰り返してしまうんやろう。

でも、繰り返していないこと、進化していることもたくさんあって。


分かっても分かってもらえなくても、どうせ分かってもらえることなんてレアなんだろうからと、それでもボチボチ、片づけていきましょ…と前向きになれる映画です。



戦争や虐待など繰り返してしまうこともあるけれど、そうはならないぞと働きかけて、影響することもあります。


モノやシステムは賢い人が発明して便利になってありがたいことだけど、その有難いはずの便利そうなものを扱い情報を使いこなす私たちがドの付く阿呆やったらなんにもならん…と落ち込むニュースも多いです。


生まれる前から序列があって、圧倒的に支配される側にあって。それもほんま、うんざりで。かといって違和感に気づいたり生活に疑問を抱くようになってしまうと、今度は少数派ということで大多数から異端視されて。


ガリレオガリレイや数多くの音楽家、画家みたいに声を上げ続けても危ないやつやと思われて。でもその人たち以外にも気づく人が現れて、時の権力者が真実を伏せておくことが出来なくなってから、死んだ後で正しかったことが証明されて評価されるような。


真実はうやむやに、あの人は変わっている、違う、など気味悪がられて。分かってもらえなくても、やらなあかんなぁと思うことは引き続きやっていこうと。


この映画は辛口評価が多いけれど、全員に分かりやすいものがいいんだったらもっとスカッとするものを観たらいいと思う。


セリフの行間とか、雰囲気から読み取ったりしないで、あまり考えないでいいほうへ楽なほうへ楽な方へ行くことは、ない。


全部説明してもらえるような、白黒はっきりした世界に住んでいるわけではないのに、理解ができないと作品のせいにするようなブログやYoutube動画にはウンザリです。



そういうものではなく、自分と共通する人、縁がある人と正しく繋がるためには、自分で語ることだ。


個々人がどうのこうのより、繋がっていることに意味があり。ヒトは繋がりの中で進化できるものといえる。



誤解を解こうとして、分かってほしくて分かりやすくしたつもりが曲解されたり。



理解してもらえないだろうことにはダンマリ決め込んだり、初めから押し黙っていることもある。


全員に理解してもらえないことは判っている。


でも語る。誤解されたままでも構わないけどまずはあきらめず、発信だけはしておきたい。


ちゃんと知らせなければ本当のところは隠されたまま、それは違うのだ。


誰もそれを信じていなかったとしても?


誰かはもう信じてくれている。

願いや、祈りにも似た…。

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