選曲という編集作業(FUMIEの場合)
- Keiori Takagi

- 7月5日
- 読了時間: 11分
更新日:7月6日
🎧 曲を選ぶときの向き合い方
「なんでそんなに楽譜持ち歩いてるん?」
「譜面の数がすごい!」 「それ全部歌えるの!?」
昔、いろんなセッションに顔を出していた頃、 私のトートバッグの中に入っている譜面の多さについて、よく聞かれました。
「見せてもらってもいいですか?」 「いいですよ〜✨」
そんな感じで、歌い手さんともミュージシャンの方とも話が盛り上がる。
「いろんな曲知ってますね。」
たしかに、自分でも多いのは分かっています。自室には譜面だらけ、A4の幅5cmほどのファイルが20冊は並んで、さらに持ち歩き用が5冊以上。 これは生演奏で歌い始めてから分かった現象なんですが、私は昔から一度聞いた曲の特徴やメロディーをすぐ覚えて、しかも忘れにくい。 だから、自然と知っている曲が多く、しかも年々増えていくからなんです。
街で流れている曲でも、友達がカラオケでロストしたら、 横からガイドメロディを入れて思い出させる役回り。 なんならハモリで入ることもある。
JAZZ系の初心者セッションでは五線譜で歌う人が多いけれど、 私はWORDで打ち込んだ歌詞カードに色ペンで矢印や抑揚を書き込んだものを使っていました。 採譜譜面はキチキチで、実際の歌とズレるから。
洋楽も、日本の曲も、ジャズもロックもファンクも、同じ具合に歌う。 でも実は—歌える曲が多いことよりも、 どの曲を選ぶかのほうが、私にはずっと大事なんです。
だから、たくさんの譜面を持ち歩き、そのときどきに合わせてチョイスする。
「手前の方がバラードだったな。その前の方もバラード… ゆったりが続いているから、シャキシャキ進む曲にしよう。」
セッション全体の構成のバランスを調整するためには、 ある程度の譜面を持ち出しておくほうがいい。 参加者はそこまで考えなくていい、とは私は思わない。そういうところに音楽との関わり方が表れるものです。
🎙 ラジオDJになりたかった頃の話
私は20代前半、本気でラジオDJになりたいと思っていた時期があります。
FM802が開局した頃、父が音楽好きな私と妹のために立派なCDラジカセを買ってくれて、 日曜日にはヒロ寺平さんの「HOT 100」を聴いていました。
洋楽が多く、日本の曲でも私の好きな系ばかり流れる。 そのこだわりがちゃんと伝わってくる番組でした。
FM COCOLOが始まってからは、インドやアラブ系の音楽番組を聴いて、 部屋で「Gonesh No.8」と書かれたお香を焚いて、完全に瞑想状態に入っていた高校時代。 懐かしいです。

AMはMBSで嘉門達夫さんや古田新太さん、生瀬勝久さんのヤンタン。 テレビがおもんない日はラジオを聴く日常。
中1のとき「ぶんぶんリクエスト」にユニコーンの『Maybe Blue』などを送って、 音楽商品券3000円分が当たったこともあります。
深夜にオールナイトニッポンを聞きながら勉強(←身に入ってない)。 リクエスト番組では、DJさんの進行に注目していました。
「なんで次、この曲なんやろ。」
葉書が読まれて一曲流れる。 天気の話をしてまた一曲。 新譜も昔の名曲も流れる。
全部バラバラみたいに見えて、ちゃんと一本の番組になっている。 バランスよく終わっていると、なんかいいなぁと思った。
今思えば、私はDJという仕事そのものより、 音楽を編集することが好きだったんでしょうね。
🎛 選曲は場の“編集”であり、哲学なのでは?
イベント全体を考えてライブの選曲をする時間は、 少しDJさんの作業に似ています。
ラジオのDJだけでなく、踊れる系クラブのDJの構成の目線も入ってくる。
文脈を汲み取るROCK DJの選曲#1 【準備編】―現場を“読む”ための準備論― 最近、DJのお友だちが増えました。私も声を失ったら機材を買ってやろうかな。
もちろんバンドですから、 メンバーの好みや得意分野がある。 お店のカラーもある。 イベントの趣旨もある。 お客さんの年齢層もある。
全部ひっくるめて、 「さて、この日はどんな番組にしよう。」 そんな感覚を持ちます。
だから、私個人の「好きな曲だけを並べる」にはならない。
🎸 選曲は“人”を中心に置く
先日のイベントでライブをしたロックバンド、『FUMIE』の選曲も、まさにそれ。
「この曲、かっこいい!だから…」 もちろん、それはあるでしょう。
でも、それだけではなく、
この曲ならヒロキ兄さんのギターはどう鳴る?
まっささんのドラムはどこで爆発する?
エーサクさんのベースの強みはどこで出る?
私の声はどのモードで入る?
お客さんは前のめりになる?
それとも空気を変えたほうがいい?
曲って単体では存在していない。 前の曲があっての次の曲。 その日の空気があって、お店があって、メンバーがいて、 そこに来てくださるお客様があってのこと。
その全部の中で、 「この曲、今ここで鳴らす意味ある?」 と考える。
私は、ずーっと若い頃からバンド活動や音楽をやってきたわけではないけれど、音楽イベントの司会をしていた関係で、よくカバーされる曲とそうではない曲ってあるなぁと個人的に分析していました。
みんながやりがちな曲をお勧めされると、自分たちが演る意味を探すだろうし、特に無ければ「ん~…ありがちですね💦」「これは〇〇さん歌ってはりましたわ~」と避けることはあります。
誰も演っていないとして何故こんなニッチな曲を??と感じたら、バンドでやる意味を探して、それでも理由が弱いと他メンバーの意見を聞きながら、成就しない方向に進みそうです。
自分が歌ってみたくても、それは私のエゴであって、必ずしもみんなを振り回してやることではないなぁとスジが通らなければ”やりたい”なんて言わないだろうし。 逆に、みんなやりがち、だけど時代の風が吹いている??と感じるムードや、超スタンダードだけど基本を押さえて聴いてくださる皆さまに喜んでもらいたいなら、なんだかタイムリーかもしれない。
言葉で表しつくせないけれどソフトにはある「バンドの方向性」から外れる曲は、やんわり見えているメンバー同士で話し合ってやらないことになるんだろうし、意外と他の皆さまから前向きな感想が返ってきているなぁ、と思ったら、アリなのかもしれない。
例えば地域のイベント向けバンドで、「アニソンを1曲入れてほしい」と主催者から伝えられたとき。そこで、「残酷な天使のテーゼ」をみんなが入れそうなところをあえて「魂のルフラン」、「ムーンライト伝説」ではなく「タキシードミラージュ」を候補に入れる。
それが私なんです。だって、聞き飽きたべ?って、なるんですよね。違うの歌う、あるいはもういっそエヴァやセーラームーンと違うアニメから選んだり。ちょっとはねっ返りなところがあります。
誰も知らない曲でも、歌詞のメッセージ性や他のメンバーの印象が良い上に、他のセトリとのバランスが良ければ組み込むこともあるかもしれないし、本当に分からないところ、説明が難しいところです。全体の、総合点で選ばれるとしか言えない。
まだノーギャラか、ほぼ手弁当でやっているうちはいいんです。それなりのギャランティーが発生しているときや、ある程度のチャージを受け取る場合には、やはりそれなりに演奏のクオリティーを保証しなければならなくて、ちょっと苦しい選択を迫られるときも。
コロナな世の中を教訓に、誰かが体調不良になってもイベントを維持できるよう、いろんな方に手伝ってもらう集まりでは、演奏技術の得手不得手が出て、「その曲ムリですねー」「○○だったら弾けますけど」となることもありますが、出来るだけ考慮していきます。
皆さまそれぞれにご事情があって、誰が悪いということではなく、全体のバランスが維持が危ぶまれることもあります。「曲数多いんで減らしてもらえますかー?」という声があれば減らして、「過去にやった曲をもう一度演奏する形で対応しましょう」など調整します。
でも、任されている立場上、おギャラを頂戴する以上はなるべくイベントの主旨に沿うように一定の成果を出す決断を迫られることがありました。そういう楽曲はプロの方、プロレベルの人を中心に、なんとか聞きごたえのある演奏までをお願いすることもあります。 誰になにを言われていなくても、イベント主催側との長年やってきた”暗黙の了解”というか、”一定の基準”があります。ズラすべきではない所があって、それはもう何年もイベントというものをやってきたバランス感覚でしかないんですが💦いろいろ考えさせられます。
そういうややこしさが伴う現場もあれば、比較的自分たちの好きなように運営していける形もあります。どんな形にせよ少しずつ何かに挑戦しながら、みんなが良い経験になったなぁと心から思えるような、リアルな現場経験が積み重ねられたらいいなと思うばかりです。
FUMIEで演奏する曲は、知っている人の多い名曲揃いなんですが、私の身近なカバーバンドさんはなかなか取り上げない曲が多いかもしれません。1曲ずつならやっているところもあるかもだけど、全曲通しで見ると、ジャンルが違うところを跨いでいて面白いです。 いろんな敬意を持つメンバーが集まっているので、私も曲を選ぶというより、皆さんのムードを調整したりバランスを見て、やると決まったら歌でどんな形にもっていけるかな?と肉付けしていこうとする立場かもしれません。 選曲に困ったら、音楽のキャリアが長い人に、長年「この曲演ってみたい!」と温めているのに実現しない曲があれば、挑戦してみますよ✨と聞いてみると面白いのが返ってくるのでやってみるだろうなぁ。歌の人が決め過ぎず、やりたいを叶えるWin-Winが望ましい。
他のバンドでやる機会が無かったということは、歌の目線だとボーカルさんの声とうまくマッチしにくかったり、単純にキーが合っていないとか、いろいろ困難な事情があったということなので、タカギに出来ることなら任せて☆と叶えたくなるものです。なんにせよ、
「私じゃなくても成立する」≠「私が取り扱わなくてもよい」
「FUMIEでやるからこそ意味を持つ」=「FUMIEでやりましょう」
ということには、変わりはなさそうです。
🎵 ライブは登山みたいなもの
骨太なロックを堂々とやってみて、ファンクロックもあり、高音が抜けていく曲もあって、 地声で走り切る曲も必要。
同じトーンばかり続くと、どれだけ名曲でも景色が平らになる。 もっと違うことが出来るのになぁ、ともったいなく感じる。
ライブって山道みたいなもので、 登るところ、下るところ、急に視界が開けるところもある。
「え、ここでこの曲?」みたいなカーブもいい。
その全部を出し切って、終わったあとに、 「あー、なんかええ景色やなぁ」 と思ってもらえたら、なによりです✨
🧭 選曲は“バンドの様式美”である
高校の頃なら、好き嫌いで選んでも問題ない。
若さがあれば、時間も可能性もあるから。
でも今は違う。 会社でプロジェクトを進めるときと同じ。
みんな忙しい中、次のイベントのために集まる。
例えば、同業他社が似たような製品を売り出しているのに、あえて自分たちも同じことをやる必要があるかというと、そうではないですよね。(よっぽどこだわりがあるんならイイかもしれないけれど。) そういうのはもう既出の企業様にお任せして。新しいプロジェクトとして運営していくならば、私たちにしか出来ないこと、私たちの強みを活かしたものに取り組んだ方が良い、ということになります。
淡々としているようで成立させるのが難しい曲もある。 昔はカバーするバンドが多かったけど、最近は誰もやっていない名曲もある。 今年亡くなったアーティストの曲もある。 ドラマや映画でリバイバルしている曲もある。
時代の風向きを見ながら、 演奏したいと聴き手のニーズに合わせて、 バランスよく曲を選んで取り組んでいけたらと思います。
そして、ここまで書いてきて改めて思うのは、
選曲に、バンドの様式美がもっとも露骨に表れる、ということ。
曲って単体では存在していなくて、 前の曲があって、次の曲があって、 その日の空気があって、メンバーがいて、 そこに来てくださるお客さんがいて、 その全部の中で「今ここで鳴らす意味」が決まります。
だからこそ選曲は場の“編集”であり、シンプルには “構成”であり、ときには “哲学”であり、 “美学”で、強みを活かす “人事”でもあり、それぞれのパートで “実務”があり、 そして最後は、「このバンドは何者として見えるのか」を決める行為になります。
ROCK DJの構築論でも、 「単曲ではなく、文脈の流れで魅せる」 「ブロック構成で物語を描く」 という話が出てくるけれど、 まさにあれと同じことを、私たちはバンドでやっているんだと思います。歌の人が歌いたいと言ったから演奏する、という論理ではないんです。
ライブ中にも物語があり、その全部を通して、
FUMIEというバンドの“様式美”が立ち上がる。
私はみんなと曲を選んでいるようでいて、
「FUMIEという物語」を編集しているんだと思います。みんなで。
私1人の中にも、選曲という作業はいつも静かに続いています。 その日、その場所、その人たちと一緒に鳴らす音を思い描きながら、譜面を選び、声のモードを選び、ご一緒するミュージシャンの皆さまの顔つきがどんなふうに立ち上がるのかを想像する。
うまくいく日もあれば、悩む日もある。 でも、どんな現場でも最後に残るのは、 「音楽って、やっぱりええなぁ」という気持ちだけです。
FUMIEでの演奏も、セッションも、イベントも、 全部ひっくるめて、 その場にいる人たちと一緒に“ひとつの景色”を作れたら、それで十分。
これからも、 その日の空気にふさわしい曲を、
その場にいる人たちが一番輝く曲を、
そして私自身が「今これを鳴らしたい」と思える曲を、
丁寧に選んでいきたいと思います。
音楽の旅は、どんな形にせよまだまだ続きます。
「どうやら続けてもいいようだなぁ」と思えることが、
本当にありがたいことです。。
またどこかで、一緒にいい景色を見られますように。


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