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4月29日『洋楽一発屋セッション』振り返り

更新日:5月17日

時差投稿になりましたが、スマホのデータがパンパンなので💦出しておこうとする試みです。


4月29日は、高阪さん主催の『洋楽一発屋セッション』に。

大型連休に入りかけ、すでに色々立て込むことが予想されたのですが、

各楽器の担当者さまが準備してきてくださっているところに、歌を添えてきました。


なお、これは誰かを批判したいわけではなく、

ただ “自分がどう音楽と向き合ってきたか” を残しておくための備忘録です。

誤解されやすいので、最初にそっと添えておきます。


私の投稿は、日記のように機能しているところがあって、

数年前の文章を読み返すと

「ああ、この頃はこんなことを考えていたんだな」

「この時期はこんなふうに音楽に向き合っていたんだな」

と、当時の自分の温度や景色、匂いまでもふっと蘇ります。


数年後の自分が読み返したときに、

「この頃の私は、こんなふうに悩んで、こんなふうに挑んで、

ちゃんと音楽と向き合っていたんだなぁ」と分かるように。

そんな気持ちで、今の“通過点”も文章にして残しておきたいのです。


ここから先は、4月29日のことを、少し丁寧に振り返ってみます。

あの日に向けてのエントリー表が届いた瞬間から、すでに物語は始まっていました。


各パートのエントリー表が届く→他のボーカルさんがたくさん入っているときは、 今回はサポート寄りで楽しめそうやな、と思うこともあります✨ 気楽に楽しめるのです。


そしてボーカル欄が埋まらない=「カオリン」となるので、今回も新しく向き合う曲がありました。傾向として、


・最低音~最高音まで幅がある「お化けレンジ曲」。

よっぽど低音が男性のBass領域、

高音がマライア・キャリーまでいかないならまあまあ入る。


・1曲の中で2人~それ以上で歌われている。

でも基本的に全員の分を1人で歌おうとしながら、

誰かにコーラスで入ってもらえるとより厚みが出る流れ。


・歌い方の異なる声が混じり、耳当たりが賑やか。

声の成分が途中でめっきり切り替わり、

音色(トーン)を瞬時に演じ分ける”引き出しの多さ”を求められるため、

これを1人でやるときは、内心忙しいというか"忙しない”。


・高音を裏声にかえさない力強さが持ち味の作品。

ただ高音が出ているだけでは弱い。気持ちを乗せるタフさが要る。


・英語詞が矢継ぎ早に立て込む。

歌うことより前に元々、ちょいちょい英語で喋る必要があるライフスタイルをしてきていないと、急に取り組んでも形にするのが難しいソング。


・英語の発音、シラブルの理解

洋楽セッションで一番ボロが出やすいのがココ。


日本語的にはOKなところで伸ばして高音でフェイクしようとしたり、Scatひとつ取っても、その方の母国語にちなんだ音の置き方が自然と出ることがある。サウンドの感じ方今まで生きてきた環境によって身体感覚がそのまま現れることがあって面白い。


日本語的身体感覚についてはまた別の機会にnoteにでもUPするとして(誰もこれ、言及しないから有料レベルまで掘り下げるつもりではいる)。英語の曲を歌うならば、英語圏の人がおおよそ暗黙の了解でしない、あるいは守っていることに反射神経で倣う必要があります。


・ライムとグルーヴ感が肝になっている曲。

リズム感だけではなく、ピッチとタイム感が細切れになっても維持されているか。


・歌い切るものではなく淡々としている。

声を張り上げるだけではなく「休符」を聞かせる歌なのか。


・いわゆる「バックビート系」。

この話題については荒れるから避けたいんだけど、あくまで私個人の経験からくる体感で。


久しぶりに動画を探しに行ったら、画質が、綺麗や!!


聖子ちゃんはオンビート(表拍)、これはこれで日本語が丁寧で美しい。


松原みきさんはオフビート(裏拍)。

体の揺れを見ていても分かるように、2拍、4拍を感じて細かくバウンスしているのでバックビート。


歌い出しの「わ」や「た」のシラブルを、ほんのちょい裏拍(オフビート)寄りに引っ張ったり弾ませて。こういう歌い方はジャズやソウル系。


ドラムやベースのビートの隙間に、自分の声をも滑り込ませて。1枚のタペストリーを織り上げていくような作業を重ねて、ボーカル自身もグルーヴを作り上げていきます。


こういう“裏拍寄り”の感覚って、実際にセッション現場で他の歌い手さんと続けて歌うと、

同じ曲でも空気感が全然変わるので面白いんですよね。


また別の機会に、そのあたりも掘り下げてみたいです。


今まで取り組ませて頂いた曲の中では、これまでにいくつか挙げた特徴のうち、1つかそれ以上の要素が合わさっている…そんな曲が回ってきます。これはもしかして、私に歌ってみてほしくて選んでいるのかな?と思うときもあります。


お芝居でいうところの「当て書き」。だとしたら歌の欄には私の名前になるだろうし。昔はあまりの楽曲の幅広さと、その他用務との兼ね合いで両立がむずかしく感じ、ただただ困惑したこともありましたが、


振り返ってみると1つ1つのことがありがたく、スキマの時間になんとかならないかな?と取り掛かってみて。なんとかセッション的に合わせられるところまでは持っていく…その繰り返しです。


自分としてはちょうど生まれた年に流行った曲、知らなかった曲や知っていても歌おうと思って聴いていなかった、完全にBGM程度だったなという認識の状態から”自分ごと”にする作業に新鮮さを覚えるし、


その世代ではなかった私が、曲が流行っていた当時に青春時代を生きていた人とご一緒すると、伝わってくる温度感や話の隅々から、まるで私もその当時を生きたかのように体感できることがあるのです。


元々JAZZ界隈出身なので選曲にこだわるより、どうやって味付けするかのほうを重視だったり、名曲は時代を超えて名曲ですし、どの作品を見ても全く共感しないなんてことにはまずならない。選ばれるどの曲にも惹きつける何かがあります。


昔から1度でも聴いたメロディやフロント(歌の人なら歌、その他楽器ならそれも)の持ち味が頭の中で自分なりにデッサンのように描かれて残りやすく、曲自体の持つ醍醐味みたいなものをすぐ覚えるクセがあり、


そんなに専門分野な言葉のボキャブラリーはなくとも第二言語は拙くても英語だからやっていけるのであって、キッチリ&キチキチでなくて良いのなら、歌にまつわる反射神経や必要な筋肉のエクササイズとして役立っているのかもしれません。


自分自身では選ばないor選びようがないような、よく知らない曲を歌ってみることで、「あらま。意外と、しっくりくるやん」とか、「わ~、こういう曲でこんな反応があるんだなぁ」と客観的に知る機会となります。


お洋服やお仕事の向き不向きと一緒で、歌というのも「歌いたい歌」と「似合う歌」というのは全く別物と言えるでしょう。自分的にはコレで決まりっしょ!とチョイスしたものが、客観的には別のほうが向いてるかもよ?となることも。


工夫をすることも大事かもしれません。他にも向いてそうな人がいるならまだしも、(これは自分への自戒でもあるのですが) 似合わない曲は、似合わせる工夫が必要になることもあります。


似合わないだろうからと取り組む前から決めないで、やってみるといいかもです。


食わず嫌いをせずなんでも食べてみるのです。そしたら、意外とおいしかったり。なんなくツルンと、飲み込めたりすることも。昔はダメだったのに今はグッとくるわ…なんてこともあります。特に引っかかることがなければやろうとしてみます。


なんでも偶然ではなく、偶然に見せかけた必然だとするならば、むずかしさを感じながらも参加していたときにご一緒した楽曲が、後になって他の現場で役立つこともありました。自分の経験値や知識の幅を押し広げていることに違いないのです。


「これって、私がやる意味あるんか?」と疑問に思ったり、他のボーカルさんでいいじゃないのってことはあえて私がしなくてもいいことなので他の方にお任せして。私が個人的に学びになると考えたのであれば、掘り下げてみるのです。


これも自戒を込めてだけど、世界各国の歌のオーディション番組を見ていたら、自分の歌いたい曲を持っていくと審査員に怒られたりすることがあって。他にもあったはずなのに、まだ背負いきれてない曲を意気込んで、選んでしまうこともある。


その点、もしかしたらうまいこと歌ってくれるかも?と、リクエストされたほうの曲に、なにかヒントが隠されているかもしれません。


こういう形で新しい曲に向き合う面白さ、もっと色んな人が気軽に試してみても楽しいのになぁと思ったりします。


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この日は、同じ日に夕方にかけて大将バンドのリハが梅田であり、終わったら大将に導かれるまま最寄り駅(北新地)から放出で乗り換え、そのままJR奈良まで直通の電車に乗りました。最短だ!しかも座れて快適だった。


高阪さんのバンド仲間の女性ボーカルさんがコーラスやったり一緒に歌ってくれて、ホント有難かったです。一人で歌ってもつまらんし、盛り上がらんもん。終わったらクッタクタでご挨拶が出来なかったのが残念。


【Sugar Baby Love】

知ってはいても自分からは歌おうとしない曲。ビールか何かのCMになったときや偶然にFMラジオなどで流れてきたら、チョケて一緒に歌ってしまいやすいナンバー。色々始める前に、まじめに動画を観てみるのですが、


高音域を歌っているときのボーカルの男性を観察していると、口元が細かく動いていることが分かり、『(ラハ…?るらび?)』と口唇術スキル発動。前後の文脈が少しでもわかると、音で判別出来なくても何を言っているか分かるときがあります。


子どもの頃から周りの音や生活音にかき消されて、自分に話しかけてくる親や友だちの声が聞き取りにくい時に口元の動きから言葉を読むクセがあり、外国の方と話しているときにも役立っていました。


特に超高音域に達すると言語的にはなにを言ってるかなんてほっとんどしっかり聴こえてこなくて「Ah Ha~~~~La~Ha~~~~」程度だったものが、実際には細かい味付けをして届けていたことが分かり、おぉ~✨スゴイ…と感動。


他の皆さまが何を言っているのかも大体分かりました。口の動きまで見るなんて、しっかり関わらないと知り得ない出来事が起こるものです。今回勉強してみて良かったなぁと1番の収穫でした。これがコード楽器の皆さまだと、


『普通はこのコードからこのコードへいったらこうなるものなんだけれど、この人たちはココでこうしたのか、スゴイ。』とか別のところで感動するものなんでしょうけど、ボーカルは全く違う分野の仕事なんで、発語、トーンや倍音に注目します。


サラッと語りになっているところも雰囲気ごとトレースしてみまして。当日に皆さまと音を合わせた時にはエンディングで原曲よりたっぷり高音域の繰り返しが発生し、自分の中の声量ストックが在庫切れ寸前でした。とにかく安定的声量がいる。


【Take On Me】

も後半に、ひと呼吸おいてすぐ安定的声量が求められる曲でした。こちらも『In a day or two_________!』とサビで繰り返していたものが、最後のほうは『In a... day_______________! 』と、変化。これもなるほどー!となりました。


歌詞としては、「ボクを受け入れてくれなかったら、1日か2日のうちにどこかへいってしまうからね______」と、ややこしい匂わせソングなんですが、最後は焦れて、「1日でも放っておいたらどうなるか分からないからね~」みたいなw


実は関わるまで、世界屈指のお化けレンジを持つ男性ボーカルの曲、だとは認識していませんでした。私は女性なんで、最低音域は男性歌ものの領域だなと知りつつ、高音はわりと楽に出る範囲に収まっていたノーマーク。


実際にどうだったのか先ほど調べてみると、


Take On Me の分析(音域、テンポ等) | KeyTube



楽曲の音域: A2 〜 E5 (およそ2オクターブ半)


サビの「♪Take on me〜」の最高音が E5(hiE / 高いミ)

歌い出しの「♪We're talking away...」が低音の A2(lowA)


楽曲ごとに自分が歌えるキーの範囲にあるか情報をまとめているサイトを偶然にも見つけました。へぇ~!いつも自分で歌ってりゃ出るか出ないか分かるから調べたこともなかったのです。しかもよく読んでみると、


「ホーム画面にある『音域測定』をすると、この曲があなたの歌える音域なのか簡単に分かりますよ」と、書いていましたので私もやってみました。※精密測定のほうは、私のPCがお手本の音源を鳴らしてくれないので、簡易測定で。



何度やっても、実際にはそんなに出ない低音と超高音を拾ってくるマイク。昔、『探偵ナイトスクープ』のホーミーの回を観てから、自分でも遊びでやっていたからだろう。普通に発声している中に混じる別の音(倍音成分)も測定に含めている模様。


1回目は何をやっているのか分からなくて3秒もせず終了ボタンを押したから高音出す前に止めて、気を取り直して数回やってみますと、




「測定器が拾った結果」は、

D♯2∼A♯6で、約4オクターブ+5半音

ってマライアキャリーかよ。


ホイッスルボイスは、発声区分の切り替え点に最高音があるMinnie Riperton の『Loving You』は残念ながら出ません。その上めを狙う音なら出ることもあります。とはいえ安定供給を保証できないので出ないとしていいんです。



下も、こんなに低くはない。これらの結果から、測定器は”理論上の検出レンジ”を吐き出してくれていて、普通に生活していて普通の人が聞き取れない領域、吐く息に混じる成分をも拾っている可能性が高い。


実際にはそんなに低くも高くもない。調子が良ければ4オクターブ、でも『どこまで高音or低音が出るか選手権』をやっているわけではないので3オクターブくらいで運用している曲が多いです。感情が乗りやすいのは2オクターブ半くらい。


(余談ですが、このサイトには『声質診断』もあります。



あるバラード曲をいつも通り少し歌ってみると、



1~2位は知らない方で、唯一知っていた「ののちゃん」!



初めてののちゃんの歌を動画を観てホッコリしていたこのときで、2歳!


私の主人は最近、先月に亡くなられた山崎和可菜さんのことを悲しんでします。『名探偵コナン』の毛利蘭役を1996年から約30年間務めていて、ファンだったそう。1つの役を長いことやり続けて、60過ぎても女子高生の声が出ることをスゴイと。たしかに。


でも私は2歳児に声質が似ているらしい。

たまにピョンピョン♪って、おもちゃ箱みたいに。本人としてはメロディ通りに歌っているつもりが、遊び心満載なそれ以外の音たちが飛び出ているように聞こえるスタイルな、ところ…でしょうか。 私の音域測定の結果も、本人が発した音”以上にも以下にもピョンピョンと反応して検知されたから、類似点はそこか??と推測。



山崎和可菜さんといえば、アニメ『マーマレードボーイ』の主人公のお友達役。 懐かしくて検索してみたらオープニングを再現している人がいた。


生々しいな…でもAIには出せないリアル。こっちのほうが観ごたえあり?


こんな難解な曲、誰に理解される?と初めて聴いたときに困惑したオープニングテーマ。 でもクセになっていまだに忘れられない。ケンコバも忘れていなかった。



朝の八時半から、先生と生徒の恋愛模様を観るなんてちょっと濃いな…

先生の声はタキシード仮面様。アムロ。

余談はキリがないからここで終わりにします。)


【Who Can It Be Now】

自分にとって新たな取り組みでした。ラジオやMTVなどで何度も聴いていたけど自分が歌うというモードに入らない曲=BGMなので。TOTOの楽曲やその他ROCKソング、男性モノのR&Bなどは口ずさむ機会が意外と無いまま生きていました。


淡々と、でも急に小走りになったり止まったり。音遊びが面白かったです。サビはコーラスがあったほうが盛り上がったかな?あとイントロやサビの印象的なサックス!カッコいいですね。ちゃんと準備すれば独特の空気感をもたらす曲でした。


【Can’t Take My Eyes Off Of You】

Funk Session系でまあまあ取り組むことがあるので、ソロをするならどこで入れるのか、ソロ終わりはどこで入るのか事前に取り決めていればなんとなく崩壊せずに済む曲です。動画を観るたびにボーカルの両サイドにいるダンサーが気になります。


【Video Killed The Radio Star】

そして1981年MTV開局第1号の曲として放送されたことは知っていました。そして2025年12月31日、英国MTV終了に当たって最後に流れたのも…歴史ある曲ですね。最も私は、ROCKバージョンが世代でしたが…



若かりし頃、シンプルな編成でも楽しく聴いていました。


しかし、この集まりでは原曲のイメージでと参考動画を頂いたので、

大まかな区分としては、


・イギリス英語な男性ボーカル

・ファニーなコーラス女子パート

・芯を通す女性ボーカル


これらのパートを1人で再現できるように良いとこ取りで声採用。私はアメリカ英語を使うので「can't」をお上品に「カーント」とは発音しないところとか厳密にはしませんでしたが、進行具合に合わせて別人を演じるように切り替えていました。


◎トータルで振り返ると、

『Video Killed…』は10年前にも某ギタリストが暗譜で急に弾きだして、私も歌詞をスマホで見ながら急に歌って、いまだに思い出してはたまにその方のセッションでぶっ込む共通の思い出ソングです。そうやって人から求められる曲というのは…


正規の、高城香織としてのレパートリーに採用しようか…と考え始めます。The BugglesバージョンでなくてシンプルにROCKとしてもイイような気がしてきました。進行がややこしいところだけ、ちょっとありますが。


この曲とMTVにお世話になった人と分かち合えたらと思えてきました。Sugar Baby Loveも歌い終わってからの反響があり、そうなんだと心に留めています。実はこのイベントの日は朝から喉の調子が良いほうではなく、低音が割れ高音がカクカク。


車で言うところのハンドルの遊びがないor少ないのよねとコントロールに悩ましい1日。それでもSugar Baby Loveは自分のキーに入っていましてなんとか歌い終えたのですが、自分が比較的気を楽に出来ることで人に喜んでもらえることて、


「そういうことを仕事にしなさいよ」って周りの大人たちからアドバイスをもらってきた気がするんで、この偶然の積み重なりも起こるべくして起こっているような気がしてきました。機会があればLIVEでも、どやさ?なんて考え始めています。


会場の後ろの方のテーブルに、お世話になっている某ギタリストさんがお友だちを沢山連れてきていたのですが、どんなふうに届いているのかな?と、少しドキドキしながら様子を見ていました。


反応に困られるときは大概その人たちもなにかしらの演奏をされる方だったりするんですが、


例えばクラシック系の人だったりすると、他ジャンルの界隈と音に関わる接し方が違い過ぎて反応に困られることがあったりします。私も私で、やっていることは洋楽ポップスやROCKだけど、”Take On Me”や”Sugar Baby Love”の高音部分は、


あきらかに発声の仕方が、子供の頃に親に連れられて厳しい音楽教室に通わされてまで仕込まれた、声楽由来。そこから得たやり方と現実的な他ジャンルのサウンドに馴染ませて運用しているのだから、なんじゃこりゃ??と、なられることも。


「アナタ、ピッチが全然安定してないからダメよ」「リズムも。譜面通りちゃんとやってください」って怒られたり💦これはジャンルの特性の違いであって、良し悪しではなく、 ただ “音の捉え方が違う” というだけのことなんですよね。


それで、反応に困られているのかな…などとややカチコチになっている表情などから勘繰っていたらなんと、それぞれにピアノの先生をされている方たちだったそうで。


たまに、「そこまでの音域で、特に高音の響きに特徴があるのだからクラシックの方向に進まはったら良かったのに」と言われるけど、小学5年の頃に声楽の先生から実際に「その道に進まないか?」と親を通して説得をされたけど、


「興味がない」のひと言で終わらせた過去があります。だって興味がないのだもの。私のバックグラウンドにはクラシックを愛聴する親族はいないし、どちらかというと古典的なことより現実に根差した音に興味があった、ただそれだけです。


クラシック的な歌い方は好きです。そのまま「○○のアリアを歌いたい!」のように影響を受けるエピソードなども一切なかった。その代わり、琴線の引っかかり方が独特で、こういう感じが好きになっていたり…



クラシック・クラシックしているモノゴトより、こういう、地続きでというか。日頃やっていることの延長線上に、当たり前のようにサプライズを届けてくれる現代的な感覚が好きでした。


なんでも、古くても良いものは良い。中学~高校の頃には南港やアメ村で見つけた70年代の古着をそのまま着てました。でも今の暮らしにフィットしないと落ち着かないことに気づき、リメイクしていた時期も。


音楽でも最近の人たちが作ってくれるサウンドの中に非常に古典的なルーツを感じます。

Oldies but Goodies.だけど、新しい解釈で。というのが理想。



誰だ!日本語字幕を付けたのは!?

半年前に久しぶりに聴こうと思ったら謎に沢山アップロードされている日本語字幕付き。コロナ以後に時間を持て余した人がチマチマ作ってくれていたのかな…。


ドリームマッチ2020で、ハライチの岩井さんと渡辺直美ちゃんがやってた。でもそれ知らん人が見たら、知らんままやでな…


Queenのフレディ・マーキュリーも、元 Nightwish のターヤも好きです。ジャズ系で言うとナタリー・コールやサラ・ヴォーン、ジョン・ヘンドリックスさんの声を使った音響効果との3D的な操作には、クラシックの素養が散りばめられています。


淡々と気負わずに、しかしバチバチのタイム感と言葉のハメ方。過酷なまでのレンジの広さや、目まぐるしい切り替え、グルーヴを強く持っていくエネルギーを前に、あの、最後までやり終えても次から次に新しい本が渡されたソルフェージュを思い出します。


私も幼少期~思春期入り口まで、先生が持ってくる手作りみたいな赤や緑の、少し厚い紙で綴じられた音符が並ぶだけの本を、20冊かそれ以上積んであったような気がします…実家に。何冊やったかは重要ではないけどひたすらやりました。


日々練習しては毎週土曜に聞いてもうて。あのときの、「こんなことして、なんになるん?」な日々。でもあれをくぐり抜けていないと見えない景色もあるもので。間違いなくやってただろうなという歌い手さんは、もや~んとしてるようでタイトでもあり。すぐ分かります。


でも自分の場合は途中から、それに特にここ数年は、“歌う”というより、“語る”の延長線みたいな感覚で音楽に向き合っているのかもしれません。 語っている延長線のことにしておきたいところが多い。


ほんの10年前には、演劇やミュージカルみたいに、「さぁ、今から歌いますよ~」みたいな入り方やノリも好きでしたが、星野源さんみたいに。


今はそういうフェーズにいてないと言えるかも。生活と地続きで、さりげないものも大事にしているので正確さより揺らぎ、常識より個人的な事情にフォーカスしたい。なかなか、理解されないことだけど。それでも、最後の方には、


ピアノの先生たちと打ち解けて、80年代DISCO音楽について共通点があり、『Give Me Up』って女性アイドルグループが日本語で歌ってたよねって話とか、『TOY BOY』とかありましたよねって話で会話に入ってきてくれました✨


いや~嬉しかったです。私は音を出しに集まっただけではなく、その場の人と分かち合いたいもので。あの時代は特有のにぎやかなムードって独特。やっていることのジャンルを超えて、同世代を生きたもの同士で楽しく会話することが出来た。


どんな場所でも、その日その場でしか生まれない音があります。今回も自分なりに得るものがあり、他の活動にも繋がるインスピレーションが沸いてきました。演奏してくれた皆さま、聴いてくれた皆さま、感想をくれたありがとうございました!

 
 
 

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